広くは「面芸」、正式には「面浄瑠璃芝居」と呼ぶ。既に後継者が絶えた徳島で、目にしたことがあるという人は、それほど多くはないだろう。木偶の代わりに、人が演じる人形浄瑠璃とでも言えばいいか

 登場人物が何人いても演者は一人。面と衣装の、役柄に合わせた早変わりが一番の見どころだ。田舎芝居のにおいのする面芸を洗練し、「面劇」に高めたのが花之家花奴(はなのやはなやっこ)(本名・岩佐伊平)である。この人なかなか面白い

 石井町の藍商の家に生まれた。旧制脇町中から大阪の医学校へと進んだものの、当主だった父が急死。帰郷して代用教員になったはいいが、阿波弁で言う「もったはん」(お金持ち)にままある芸事好きが高じて出奔、歌舞伎の世界へ飛び込んだ。松竹で女形を20年

 その間、旅役者になったり、小作争議を収めに戻ったり、実家と劇場を行ったり来たり。仙台で出合った面芸に工夫を加え、面劇を確立したのが戦時中の1943年

 人形師・天狗久に作らせた上等の面をそろえても、活動はできず、全盛期を迎えたのは戦後、農地解放で広い田畑を失ってから。国立劇場での公演で文化庁優秀賞を受けている

 企画展(きょうまで、石井町役場)で、記録映像を見た。指の先まで柔らかな身のこなしはさすが。95年、94歳で死去。一代限りとするには惜しい芸である。