「もんてきたのが救い」とは、随分意味深な発言である。2年前の神山町議選を巡る疑惑で、渦中の町議の1人が本紙の取材に対し、金銭授受を事実上認めた
 
 無投票当選した5人が、立候補を検討していた元町議の男性に出馬断念を働き掛け、選挙後に現金計50万円を渡した疑いが持たれている。授受を認めたのは取りまとめ役とされる人物だ。事実なら、公選法に抵触する可能性がある
 
 男性は出馬断念の見返りと感じ、返却したという。「もんてきた」とは、このことを指す。謝礼では、との問いに、当の町議は「私の方は違う」と否定した。それなら、何のためのお金か。1人頭10万円とは大層な金額だ
 
 世の中にお金ほど面白いものはない、と江戸時代の浮世草子作者・井原西鶴は書いている。金は人を助けもするし、滅ぼしもする。置かれた場所によっては、強烈な臭気を放つ
 
 気掛かりなことに、一度は男性に渡った50万円からも、かぐわしい香りは漂ってこない。やましいところがないのなら、知らぬ存ぜぬで通すのは、得策ではないだろう
 
 全国的に町村議のなり手不足が広がっている。問題の根には政治不信がある。「こんなことだから」と、がっかりした町民も多いはず。しっかり説明責任を果たすのが、議員としての当然の務めである。国会を見習っている場合ではない。