師走も押し詰まり、年末回顧が始まった。回顧に付きものなのは後悔かもしれない。元横綱日馬富士関の暴行事件を巡って、日本相撲協会が処分を決めた

 貴乃花親方については先送りとなったが、関係者が思い浮かべる言葉は「後悔先に立たず」だろうか。区切りがつかないまま年越しとなりそうな問題は、何も相撲界に限らない

 師の走る月を、詩人の長田(おさだ)弘さんは、こんなふうに送っていたようだ。<わたしの十二月は、ちがう。座る。何もしない。そして、いつもはない、ゆっくりした時間をじぶんにとりもどす月だ>。1998年12月の本紙随想から引いた

 黙って数時間、何をして過ごしたのか。この月にふさわしい、古い音楽を聴いていたという。モンテヴェルディの「聖母マリアのための夕べの祈り」、バッハの「クリスマス・オラトリオ」、ベートーベンの交響曲第九番

 音楽を聴くのは、胸中に三本の小さなローソクをともすためだと長田さん。自著を紹介し、こう結んでいる。<「黙されたことば」という詩集(みすず書房)の最後にしるしたように、「一本は、じぶんに話しかけるために。一本は、他の人に話しかけるために。そして、のこる一本は、死者のために」。>と

 冬至。古代では1年の区切りだった。詩人のようにはいかないが、詩人をまねることはできる。