「あの街角まで、あの電柱まで、あと100メートルだけ走ろう」。メキシコ五輪(1968年)マラソン銀メダリストの君原健二さんは苦しくなると、そう自分に言い聞かせながら走ったという。かつて、公共広告機構の自殺防止キャンペーンで、走る君原さんの映像と共によく流れていた

 人の背中をそっと押すようなこの言葉を、決まって正月になると思い出す。73年の徳島駅伝。君原さんは招待チームの新日鉄の一員として来県し、世界の走りを披露してくれた

 徳島市幸町の旧新聞放送会館前でゴールした後、走り去った君原さんを、中学の陸上部の仲間と一緒に追いかけた記憶がある。新町川沿いをゆっくりと走る君原さんの後ろ姿は雄弁だった。72年のミュンヘン五輪で5位に入賞した不屈のランナーの背中は、「前進せよ」と語り掛けてくるようだった

 そんな君原さんでさえ一時、競技を続ける意欲を失ったことがある。期待されながら8位に終わった東京五輪の後、会社の陸上部に退部届を出した

1年後、コーチに導かれてメキシコ五輪への道を走り始めた。誰にもつらい時がある。未来が見えずにいる人たちに「あの街角まで」という冒頭の言葉を贈りたい

きょう、徳島駅伝がスタートする。家族や友人、同僚に支えられ、懸命にたすきをつなぐランナーの背中は何を語るか。