「命売ります」。そう持ち掛けられても、「はい、買います」と言えるものではない。人の命を売買すれば犯罪になる
 
 ところが、自殺が未遂に終わった青年が「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。秘密は一切守り、決して迷惑はおかけしません」と新聞の求職欄に広告を出すと、すぐに買い手が現れた。一人の老人で、年の離れた23歳の妻を巡って、青年に奇妙な依頼をする
 
 作家三島由紀夫の小説「命売ります」の冒頭。エンターテインメントであり、三島文学の中核をなす「死」という命題が、柔らかな筆致で描かれている
 
 発表から半世紀。にわかに脚光が当たり、BSジャパンで連続ドラマ化された。きょう放送が始まる。本県出身の俳優大杉漣さんが裏社会のボス役で登場するのも楽しみだ
 
 三島は「仮面の告白」「金閣寺」などが世界的な評価を受け、ノーベル文学賞の有力候補にもなった。多才で、エッセー、評論、戯曲、新作歌舞伎と間口も広い。小説が原作のドラマから、奥深い作品世界に足を踏み入れるのもいい
 
 1970年に自衛隊で憲法改正を訴えて割腹自決したが、死の2年前のこの小説で「命」とどう向き合ったのか。中高校生らの自殺が絶えず、解決策も見当たらない現代。「命」を売りに出した青年の心の変化は、貴重な示唆に富んでいることだろう。