熊本地震の「本震」が発生した2年前の4月16日未明、警備員の鞭馬(むちま)哲昭さんは、熊本県南阿蘇村の東海大農学部キャンパスで当直勤務に就いていた。学内外の点検に駆け回った際、こんな叫びを聞いている
 
 「何回も電話しているのに、消防が来んとですよ」。アパートが倒壊し、学生が取り残されていた。震度7の大地震。被害は広範囲に及び、道路網も寸断されて、消防や警察、自衛隊も速やかには到着できない場合がある
 
 1995年1月17日の阪神大震災の時もそうだった。隣近所の人が力を合わせ、倒壊家屋の住人を救出する光景があちこちで見られた。共助の大切さが繰り返し説かれたのを、ご記憶の人も多かろう
 
 大災害の発生当初、公の支援はまず期待できないと考えておいた方が無難だ。平穏な毎日が続くと、つい忘れがちになる。災害に強い地域を目指し自治体による非常用品の備蓄も進んでいるが、最も肝心なのは自助だろう
 
 自分や家族の命をどう守るか。折に触れて話し合い、対策を上書きしないと、いざという時にはおぼつかない
 
 当方毎年、地域の防災訓練に参加している。恥ずかしながらそのたび、前にも習った緊急時のロープの結び方などを教わる。知っているようで、繰り返さないと身につかないことがある。忘れるな、を思い出す。きょうはそんな日だ。