阪神大震災の揺れで瓦が落ちた民家。県内でも多くの被害をもたらした=1995年1月17日、鳴門市

 阪神・淡路大震災が発生した年。以降、各地で大規模な自然災害が相次ぎ、「平成」は災害の時代と言われるようになる。大震災の徳島県内への影響は大きく、10大ニュースへの投票も断トツの1位だった。

 1月17日、淡路島北部を震源とする直下型の強い地震があり、神戸市で震度7、徳島市で震度4を記録した。兵庫県を中心に死者は5千人を超え、関東大震災以来の災害となった。県出身者も多くが犠牲になったほか、被災した。県内では鳴門市などで重軽傷者や住宅全半壊の被害が出た。

 明石海峡大橋は開通しておらず、県内から消防や医療、福祉関係者らが支援のため淡路島に向かった。

 2位は「高速道が県都に乗り入れ」。徳島自動車道の徳島―藍住間(9・1キロ)が8月に開通し、藍住―脇間(32・1キロ)と連結した。徳島―脇間の所要時間は国道192号を利用する場合と比べ20分程度短縮された。

 3位は丸新百貨店の閉店だった。徳島市東新町商店街の象徴として県民に親しまれたが、徳島そごう(現そごう徳島店)の開店などで経営が悪化し、61年の歴史に幕を閉じた。閉店セールには名残を惜しむ買い物客が詰め掛けた。

 阿南市では、電源開発と四国電力が橘湾に浮かぶ小勝島で共同開発する橘湾石炭火力発電所の起工式があった。誘致断念に追い込まれた大型造船所に代わって浮上した国内最大級の石炭火電計画で、曲折を経た橘湾工業開発が決着した。

 社会を震撼(しんかん)させた一連のオウム事件は県内にも及んだ。県警は、麻植郡内の無職の男性元信者宅を訪れ「脱会は認めない。破門だ。破門すれば地獄に落ちる」などと脅迫した容疑でオウム真理教幹部を逮捕した。

 官官接待が大きな社会問題になった。県が中央省庁の職員らとの会食に使っていた食糧費の高額ぶりが表面化。2年間の支出額は12億1千万円に上り、1日当たりの平均では166万円になることが判明した。県は接待目的の会合廃止などを打ち出した。


●平成7年(1995年)
 <1>神戸で震度7、徳島4(1月)
 <2>高速道が県都に乗り入れ(8月)
 <3>丸新、61年の歴史に幕(3月)
 <4>橘湾石炭火電が着工(3月)
 <5>オウム事件、県内にも飛び火(4月)
 <6>沖洲コンテナ基地が開業(6月)
 <7>ニシキ社破産で県内にも影響(8月以降)
 <8>県食糧費、1日166万円と判明(7月)
 <9>徳島空港乗降客が年間100万人突破(12月)
 <10>教え子へのわいせつ事件相次ぐ(5月)