褒めているのだか、けなしているのだか。その個性的な身のこなしに「モンキー踊り」と名がついた。阿波踊りの振興に力を尽くした元龍虎連連長、日浅始さんの十八番である
 
 四国霊場10番札所・切幡寺門前の自宅を訪ねたことがある。国を相手取った裁判で元患者が勝ち、ハンセン病への社会の理解が深まる前から、高松市にある国立療養所「大島青松園」を訪れ、入所者に古里の踊りを披露していた
 
 差別や偏見とは縁遠い人か。いや、そうではない、と日浅さんは言った。子どものころ、病人が出た家の前を、鼻をつまんで通った。家人はどう思っただろう。悪いことをした、と今も胸が痛む。だから知人から踊りの依頼があった時、一も二もなく引き受けた、と
 
 こんな話もした。「戦前、寺の門前には物ごいをする患者が何人もいましてね。懸命にその人たちの世話をする夫婦がいたんです。治らぬ病気だ、と恐れられていたころですよ。優しい人と評判でした」
 
 わが目は気づかないうちに差別や偏見で曇っている。一口に共生というが、できそうな人だけを選んでその気になっていないか。無理だと思っても、それでも共に歩む方法を探すのが本当の共生ではないか。生活の場で培った社会福祉論を、自分の言葉で語った
 
 亡くなる前にもう一度、あの人懐こい笑顔が見たかった。