たとえて言うなら氷山。見える部分だけつまんでも物語は成立するけれど、海の下にはその何倍もの事実が眠っている。割に合わないほどの時間をかけて深く潜り、真実に迫ろうとしたのが、ドキュメンタリー映画監督、故柳澤(やなぎさわ)壽男(ひさお)さんである
「夜明け前の子どもたち」(1968年)など、福祉映画5部作で知られる。あすから16日まで東京のシネマヴェーラ渋谷で、代表作23本を上映する「特集」がある。知る人ぞ知る名監督の再評価の機会となろう
徳島と縁が深い。「ぼくのなかの夜と朝」(71年)では、筋ジストロフィー患者の支援に生涯をかけた徳島市出身の医師、故近藤文雄さんの試みを追った
「そっちやない、こっちや」(82年)は、NPO法人「太陽と緑の会」代表、杉浦良さんの原点がうかがえる作品。立派な入所施設を造るのが福祉と考える行政と、それに疑問を持つ障害者。地域でどう生きるか、障害者自らが模索する共同作業所の開設までを丹念に描いた
原因企業のPR映画を撮った直後の55年、下流の富山でイタイイタイ病が表面化した。気づかなかったことを悔いて、福祉に焦点を定めたのはそれから
「金にはならんが面白い」。限りない悲しみがある。倍する喜びがある。「そっちやない、こっちや」。人間とは何か、カメラを通して終生思索し続けた。