藍染体験をされ、笑顔を見せる皇太子さまと雅子さま=2007年、徳島県藍住町の藍の館

 平成の終わりが近づき、皇室に関する報道が続いている。ふだん関わりのない地方紙だが、地方公務で訪れた際には滞在中、専属の記者を同行させて取材している。

 ただ訪れる回数は少なく、そのタイミングと所属する部署との兼ね合いで、そう誰もが取材する機会があるわけではない。

 天皇陛下が即位後、徳島県を訪れたのは3回。私はこのうちの1回を取材している。皇太子さまが雅子さまと共に徳島県を訪れた際にも取材しているため、地方紙記者としては貴重な経験を踏んでいる一人に入るかもしれない。
 
 皇室への取材は、報道専用のバスに乗り、随行者や関係者と一緒に行動する。取材できる場所と時間は決められている。現場では、皇族と一定の距離を設けられているため、訪問先での県民とのやりとりは、あまり聞こえず、後で話し掛けられた人や宮内庁に確認する。
 
 私が取材したのは、天皇陛下が1998年の「全国豊かな海づくり大会」、皇太子さまが2007年の「国民文化祭」に出席された際だ。分単位の決められた時間で次々に移動する上、緊張していたのだろう、正直あまりよく覚えていない。

 そんな中、皇太子さまと雅子さまが訪れた「藍の館」(藍住町)での様子が印象に残っている。

 当時、雅子さまは病気療養中で地方公務は控えていた。この年の6月末に長野県に出向かれたのが3年7カ月ぶりだった。しかし、その後は再び控え、10月に徳島県で開かれる国民文化祭への出席が注目されていた。

 最終決断は、ぎりぎりまで迷ったようだ。10月5日に皇太子さまの徳島行きが発表されたものの、雅子さまの判断は先送りされた。この時点で欠席の発表もなかった。

 雅子さまの徳島行きが宮内庁から発表されたのは、国民文化祭開幕日のわずか5日前だった。2人の発表がずれるのが異例なら、雅子さまが発表された際の徳島でのスケジュールも「可能であれば(こなす)」という条件付きだった。
 
 ご夫妻は2泊3日の日程で徳島を訪問。国民文化祭に出席した後、最終日には「藍の館」で藍染を体験された。体験施設は広くなかったため、関係者や報道陣らでいっぱいになり、すぐ目の前で取材ができた。終始和やかで、笑顔あふれる2人の姿が写真に収められた。

 皇太子さまは報道陣に向かって「いい記念になりました」と話した。突然のことで驚いた。取材先で報道陣に話し掛けるのは珍しいという。2人そろっての地方公務を無事終えられたということがあったのだろうか。

 それ以降、皇太子さまは徳島に3回訪問しているが、雅子さまは訪れていない。

 あの日、行く先々や沿道で多くの県民が出迎えた。再び2人そろって訪れる日を、県民は待っていることだろう。(卓)