可動堰化の賛否を問う住民投票で、反対が圧倒的多数を占め大喜びする市民団体のメンバー=2000年1月23日、徳島市内

 徳島県内を大きく揺るがせてきた国の二つの大型公共事業が大きな節目を迎えた。吉野川第十堰(ぜき)の可動堰化計画関係が1位と7位、那賀川の細川内ダム建設事業の中止が6位に入った。

 第十堰については、徳島市で賛否を問う住民投票が1月23日に行われた。国の大型公共事業に関する住民投票は全国で初めて。計画反対が10万2759票、賛成が9367票となり、反対が圧倒的多数を占めた。

 投票率が50%以上でなければ成立しないという要件が設けられていたが、市民の関心は高く、投票率は55%となり開票された。

 結果を受けて小池正勝市長は計画に反対する考えを表明する。8月には自民、公明、保守の与党3党が現行計画を白紙に戻して新たな計画を策定するよう勧告し、扇千景建設相も受け入れた。

 細川内ダム建設事業は10月、四国地方建設局の事業評価監視委員会が「中止が妥当」とし、扇建設相が11月、中止を表明した。1972年に建設省が実施計画調査に着手して以来、約30年にわたって繰り広げられてきた国・県と、計画地の木頭村(現那賀町)の対立に、終止符が打たれた。

 村は一貫して反対姿勢を貫いてきた。95年に設置された事業を再評価する審議委員会への参加も拒否し続け、97年には一時休止になった。「動き出したら止まらない」といわれる大型公共事業を、小さな山村が中止に追い込んだともいえ、全国から注目を集めた。

 シドニー五輪には、県関係選手が過去最多の6人出場した。このうち競泳の源純夏選手(中大、城南高出)が女子400メートルメドレーリレーに出場し、銅メダルを獲得。50メートル、100メートル自由形でも日本選手初の決勝進出を果たした。

 五輪後にあったパラリンピックには、柔道で県人2人が挑んだ。66キロ級では藤本聰選手が金、100キロ超級で宮内栄司選手が銅メダルに輝いた。

 徳島自動車道の井川池田インターチェンジ―川之江東ジャンクションが通行可能になり、徳島道が全線開通した。これにより四国4県の県庁所在地が高速道路で直結した。県が大鳴門橋の下部に設けた観光施設「渦の道」がオープンし、多くの人が詰め掛けた。 

●平成12年(2000年)
 <1>第十堰住民投票で可動堰ノー(1月)
 <2>五輪に県から6人、源選手大活躍(9月)
 <3>徳島自動車道が全線開通(3月)
 <4>「渦の道」がオープン(4月)
 <5>そごう破たん、徳島店は存続(7月)
 <6>細川内ダム建設事業が中止(10月)
 <7>第十堰計画が「白紙」(8月)
 <8>介護保険制度がスタート(4月)
 <9>雪印食中毒で波紋(7月)
 <10>パラリンピックで県人が金、銅(10月)