旧優生保護法下で障害者らに不妊手術が繰り返された問題で、被害者への「反省とおわび」、一時金320万円の支給を盛り込んだ救済法が施行された

 「反省とおわび」の主体が分からない、国はしっかりと責任を認め関係者に謝罪すべきではないか。そんな声が上がっている。もっともな話だ。一方で責任があったのは国だけか。筆者自身も罪は免れない、と思うのである

 ハンセン病の元患者が、強制隔離政策の誤りを国に認めさせた2001年のこと。結婚に当たっては不妊手術「断種」を強制されたという話を、元患者から聞いた。旧優生保護法には、不妊手術事由の一項目としてハンセン病があった

 人権無視も甚だしい、と書いた。ただ同じ統計に載っていた障害者らが受けた不妊手術は、問題にはしなかった。保護者を含む関係者の、手術を肯定する意見も、仕方がない、で済ませた

 不妊手術を強要したのは、科学的には怪しい「優生思想」もさることながら「あの子らのため」という”善意“のようにも思う。かつては常識だったのである。共生社会の考え方が認知され、それほど時間はたってない

 地獄へ至る道は”善意“によって掃き清められている。そんな警句を思い浮かべながら障害者本人の声を聞きもせず、問題を放置した、記者としての自分の不明を恥じている。