<母は公園のトイレの個室でうずくまりながら寒さの中で亡くなっていった。(2003年)3月18日。その2日前、母は夜遅く出かけようとした。私は母の手を取って踏みとどまらせていた。でも私は・・・>(『102年目の母の日』長崎出版)

 尾角光美さんは19歳の時に母を自死で失った。うつ病の母が家を出て行くのを一度は思いとどまらせたが、二度目は「母の手を離した」。前年贈ったバッグが最初で最後の母の日のプレゼントになった

 母の日は1908年、米国のある女性が亡き母をしのび、教会で母が好んだ白いカーネーションをささげ、参列者に配ったのが始まりとされる。母の日はもう関係ないと思っていた尾角さんはこのことを知り、心の奥にしまっていた母への思いがこみ上げてきた

 2008年、母親を亡くした人から手記や手紙を募り、「101年目の母の日」にまとめた。昨年12月には9冊目となる「111年目の―」を発行した

 <「お母さん」って、一度も呼んだことがないよね。だって私が2歳の時、24歳で(病気で)死んでしまったから。一度でいいからお母さんって呼んでみたかった>。どの文も情愛に満ちている

 今日は母に感謝する日であり、亡き母と自分をつなぐ日でもある。カーネーションはこの世の母には赤を、天国の母には白をささげよう。