体の奥底に尋常ならざるものをすまわせている。京マチ子さんには、そんなすごみがあった。戦後間もなく、ベネチア国際映画祭で最高賞に輝き、日本映画の水準を世界に知らしめた黒沢明監督の「羅生門」も、京さんを起用してこその成功だろう

 舞台は平安のころか。裁きの場に引き出されたある殺人事件の当事者が、それぞれ手前勝手な「真実」を語る。人間とは、これほど信用ならないものか、と悩み苦しむ目撃者たち

 「本当のことが言えねえのが人間だ。自分自身にさえ白状しないことが、たくさんあらあ。この羅生門にすんでた鬼は、人間の恐ろしさに逃げ出したというこのごろだ」

 京さんの演じる女は全てを見通すかのような瞳で、登場人物一人一人の仮面をはがしていく。あからさまな現実を目にし、大雨の京都、朽ちかけた羅生門の下で、事件の目撃者らは嘆く。「人が信じられなくなったら、この世は地獄だ」

 国際映画祭で数々の賞を得、「グランプリ女優」と呼ばれた。人間の存在を問う迫真の演技は国境や人種の壁を越えて人の心を打った。そんな人にありがちだが、素顔の京さんはスクリーンとは全く違って、少女のようにコロコロと笑う人だったらしい

 鬼も逃げ出す、わが身第一の昨今。人間存在の恐ろしさとも立ち向かった大女優の死が、残念でならない。