飛行機で約2時間、韓国は一番近い外国だ。日韓の対立が深まった3月も日本人旅行客は37万5千人を超え、前年の27%増。弾道ミサイルが発射されても、ソウルの街には日本語が飛び交っていた

 韓国が誇る世界遺産、昌徳宮。朝鮮王朝500年の歴史が刻まれた王宮は観光客や校外学習の児童でにぎわう。しかし、その最後の住人が、日本にゆかり深い二人のプリンセスだったことを知る人は少ない

 一人は、日本の皇族出身で朝鮮王朝最後の皇太子妃、李方子さんだ。日韓併合時代の1920年、皇太子李垠氏と結婚。日本で暮らしたが、敗戦で無国籍となり、63年、病床の夫と「帰国」を果たした

 王宮内の「楽善斎」と呼ばれる住居群の一隅で暮らし、障害者の自立支援に韓国人としての後半生を捧げた。89年4月30日、87歳で亡くなり、葬儀は準国葬で営まれた

 もう一人は、李垠氏の末妹徳恵姫だ。12歳で母と離され来日、在学中に精神を病んだ。対馬の宗伯爵家に嫁いで華族となり女児をもうけた。症状が悪化し離婚、62年に母国に戻った。義姉の死より9日早く、76歳でさびしく世を去った

 「終の棲家」は質素な平屋で、冬は寒さに凍えただろう。方子さんが愛した桃紫色のツツジ「チンダルレ」が庭で揺れていた。過酷な歴史と共に生きた二人の人生が、見る者の胸に迫る。