銭形平次の生みの親である明治生まれの作家、野村胡堂は桁外れなレコード収集家としても知られる。生涯に入手した音盤は約2万枚というから、ちょっとした販売店並みだ。ほとんどがクラシックだった

 胡堂は<音楽から受けた感銘で『銭形平次』を書くということは時々あった>と随筆で明かしている。400編近い平次の物語のいくつかを、ベートーベンやモーツァルトが手伝ったというのは興味深い

 「執筆に心地よいリズムだったようです」とは、古里の岩手県にある野村胡堂・あらえびす記念館の担当者。中でもバッハがお気に入りだったとか。いそいそと盤を選ぶ胡堂の姿が目に浮かぶ

 だが、音楽を物として集める胡堂のような趣味は、遠からず過去の「遺物」になるかもしれない。国内で生産されるCDアルバムの枚数が昨年、1億枚に届かなかったと、15日付本紙夕刊にあった。相当数ある印象を受けるが、2000年は2億8千万枚ほどで、およそ3分の1に激減である。インターネット配信の勢い、恐るべし

 しかも、曲をスマートフォンに保存せず、必要なときにネットに接続して聞き流す「ストリーミング」の利用が伸びているという

 レコードのジャケットが部屋の装飾になったのも今は昔。胡堂が存命ならば、スマホでバッハを受信し、平次を書いただろうか。