市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まって10年になった。3月までの審理数は約1万2千件で、裁判員や補充裁判員として参加した市民は約9万1千人に及ぶ。

 経験した市民はおおむね高く評価し、最高裁も「多くの国民が肯定的に受け止めている」との見解を示している。裁判員裁判への理解は、着実に浸透していると言えよう。

 司法に市民感覚や良識を反映させるという制度の趣旨は、量刑の幅が制度導入前に比べて広がっている点に表れている。強姦(強制性交)などの性犯罪で厳罰化が進んだ半面、殺人や放火は介護絡み案件などを中心に執行猶予付きの判決が増えている。

 量刑では、最高裁が公平性を問う事態も起きた。5年前、幼児虐待死事件で求刑の1・5倍の懲役刑を言い渡した判決があり、最高裁は「不当な量刑」として減刑した上、極端な量刑や根拠に乏しい判断を戒めたのである。

 気掛かりなのは、裁判員アンケートで「裁判官のシナリオに沿って判決が決まった」などの指摘が目立つようになってきた点だ。

 社会情勢や市民の意識によって量刑が変わるのは自然であり、制度の狙いでもある。最高裁が判断を示して以降、判決を決める評議で、従来の水準に量刑を抑えようと裁判官が過度に誘導しているようなら問題である。

 とはいえ、最高裁の指摘ももっともであり、要はこれらの均衡をどう取るかにかかってくる。裁判の実績を積み重ね、引き続き模索を続けていくしかないだろう。

 辞退率が高くなっているのも大きな課題だ。最高裁によると、裁判員の95%が「良い経験だった」と感じる一方、仕事などを理由に候補者の62%が辞退している。

 3人に1人しか引き受けていない状況は多様な視点の反映にはほど遠く、軽視できない。裁判への理解は進んでも、裁判員の意義が十分に伝わっていないのではないか。

 その要因の一つが、裁判員に守秘義務を課しているためだとする指摘は根強い。評議の過程は秘密の対象だが、良い経験として語ることができれば、人々の関心を呼び起こすはずである。

 経験者が裁判員についてもっと積極的に語れるよう、守秘義務の緩和に向けて議論してもらいたい。

 審理の長期化も辞退増を招いているとみられる。殺人事件で無期懲役の判決を出すまでに207日も費やした昨年のケースは、物議を醸した。

 これまでに612人の市民が参加した徳島地裁での審理期間は、平均4・1日。法外に長い審理はなかったものの、最長で8日だった。被告に不利益が生じないよう気を配りながら、なお期間短縮を図る必要がある。

 市民の司法参加を掲げて動き出した制度が、市民に敬遠されては元も子もない。裁判員の負担を減らす不断の検討が欠かせない。