船は穏やかな瀬戸内を、滑るように進んだだろう。左右に中四国の緑の山並みを眺めながら、大阪湾に出る。遠く海上からも目に入る巨大な人工構造物に、船内ではどよめきが起きたかもしれない

 「白く光る仁徳天皇陵(大山古墳)に、中国や朝鮮半島からの使節はさぞ驚いたことでしょう」。NPO法人堺観光ボランティア協会運営委員の梶原俊昭さんは自慢げだ。古墳が造営された4、5世紀の堺には、外国の客人を迎え入れる港があった

 墳丘の長さは486メートルあり、墳墓としては世界最大級を誇る仁徳陵も、大きな森のような今とは全く様相が異なっていた。葺き石で覆われ、日の光を受けて輝いていたという

 世界遺産になる「百舌鳥・古市古墳群」には国内2位の応神天皇陵(425メートル)、3位の履中天皇陵(365メートル)を含む89基が現存している。さながら当時の最新土木技術のショールーム。国の威容を世界に示す場だったのかもしれない

 「古墳の造営技術は寺社建築に引き継がれ、やがて鉄砲や刃物、自転車へ。堺のものづくりは古代から連綿と続いているのです」。郷土愛がほとばしる梶原さんの説明が耳に心地いい

 歴史があり、ゆかりの事物があり、物語がある。それをつなぐガイドがいる。私たちの日本遺産「阿波藍」にも、梶原さんのような語り部が大勢必要だ。