建築家の増田友也(1914~81年)が設計した鳴門市役所本庁舎の改築計画を巡って、一部の建築家や市民から庁舎の保存活用を求める声が上がっている。

 本庁舎を解体して新庁舎を建てるという市の方針は変わりそうにないものの、古い庁舎も残して地域の財産にせよという訴えは、街づくりの一つの方向を指し示している。市内に点在する他の増田建築の今後を考える上でも、真摯に耳を傾けたい。

 本庁舎は63年に完成し、築56年になる。同じく増田が設計した北隣の市民会館(61年完成、築58年)と共に、近代建築の調査・保存に取り組む国際学術組織DOCOMOMO(ドコモモ)日本支部から「後世に残したい建築」に選ばれている。二つの建物とも、市がその気になって申請すれば、文化財に登録される可能性が高い。

 けれども市は、市民会館を解体してその跡地に市役所新庁舎を造り、荷物の運び入れなどが終わった後で現本庁舎を解体するとしている。つまり市役所の建て替えは、ドコモモ選定建築の二つを同時に失うことになる。

 確かに本庁舎は、建設から半世紀以上がたち、庁舎が本来備えておくべき耐震性などの機能を十分に有しているとは言えなくなった。

 外部有識者による新庁舎建設基本計画検討委員会でも、新庁舎の必要性は認めた上で、小ぶりな新庁舎と現本庁舎とを併設させる「2棟案」か、新庁舎単体の「1棟案」かが比較検討された。結果、コスト面から「本庁舎の解体やむなし」となった。

 しかし今、近代建築の歴史的・文化的価値に注目が集まり、各地で保存を求める声も出始めている。近代建築そのものが私たちの生きてきた時代の生き証人であり、街の履歴書だからであろう。歴史ある建物の解体撤去は、街の記憶を失うことにもなる。

 市役所本庁舎の建て替え問題で分かったのは、建築に関して市民が得られる情報が絶対的に少ないことである。これでは愛着も湧くまい。

 市はこれまで、増田建築に関する情報を市民に全く発信してこなかった。市役所、市民会館、幼稚園、小中学校、文化会館といった街の骨格となる公共施設を19棟も手掛けた増田が、どんな時代に、どういう思いで仕事したのか。それを知るだけでも、建築の見え方は違ってくる。市は増田建築の広報・顕彰を積極的に行い、建築文化を育てる契機にしてほしい。

 さまざまな時代の建築が立ち並ぶ都市は、歴史の厚みを感じさせて魅力的である。老朽化した建物も手を入れて再利用すれば、新たな価値を生み、街の誇りにもなる。

 丹下健三と同時代を生き、「東の丹下、西の増田」と称された建築家の作品がこれだけ集中している地は、鳴門をおいて他にない。鳴門における一級の地域資源として、残る増田建築を大事にしたい。