数式を板書するチョークの筆圧は強く、声も大きい。典型的な「熱血スタイル」の教師だったという。中学校の数学教師になったのは1985年。「荒れた学校」が全国的に問題になっていた頃だった。

 始業時間になっても教室に入らない生徒を注意すると、「大人は敵なんじょ」と厳しい言葉が返ってきた。廊下でほうきを振って野球のまね事をする生徒から、ほうきを取り上げたこともあった。そんな生徒に体当たりでぶつかり、時には一緒に涙を流して語り合った。

 そうして築き上げた教育スタンスは「子どもから学ぶ」。さまざまな境遇の生徒と出会う中で、「教師の考えや思いだけで指導するのではなく、生徒から何かを感じ取り、生徒と一緒に目標に向かっていく大切さを教えられた」と言う。

 2018年度から南部中(徳島市)の校長を務める。時には運動部の練習に加わってキャッチボールや縄跳びで汗を流すこともあり、保護者の中には、親しみを込めて「らしくない校長先生」と評する声もある。

 35年のキャリアを振り返り、「教師になったのを後悔したことはない」と言い切る。それだけに近年、教員志望者が減っているのが気掛かりだ。「教師でないと味わえない、子どもとの出会いがある。教師をもっと魅力ある職業にして、希望する学生を増やしたい」

 好きな言葉は「生き生きと生きる」。高校時代に読んだ社会心理学者の著書に、そんな一節があったと記憶している。「自分が実践できているかは別にして、この言葉が妙に心から離れない」。59歳。