写真は1974年の参院選で後藤田氏の応援演説に訪れた田中角栄首相

 永田町で解散風が吹き始めているという。衆参同日ダブル選が行われるかどうかはさておき、確実に行われるのが参院選である。衆院選に比べて国民の関心は低いとされがちだが、政治の転換となったケースも少なくない。徳島県内でもさまざまな戦いが繰り広げられてきた。

 高齢の方にとって懐かしいと思うのが、1974年だろう。「阿波戦争」と後に語り継がれる激しさで、当時自民党は現職だった久次米健太郎氏を公認せず、田中角栄首相が推す後藤田正晴氏を公認。久次米氏は三木武夫派で「三角代理戦争」と呼ばれた。選挙は久次米氏が再選を果たす。後藤田氏は2年後の衆院選で初当選し、官房長官や副総理を歴任する。

 89年は、マドンナ旋風が吹き荒れた。徳島では野党が推した乾晴美氏が自民党現職を破った。日本初の女性党首だった土井たかこ社会党委員長の発言「山が動いた」は名文句として知られる。

 98年には、三木武夫元首相の長女高橋紀世子さんが自民党現職に勝ち、2007年は自民党現職に挑んだ民主党新人の中谷智司氏が初当選を果たした。

 89年以降は、9年ごとに非自民候補がいずれも3選を目指す自民現職に勝ち、「3選の壁」と言われた。いずれも全国的な政治情勢を背景にしながら、徳島県内での勢力の結集と候補者の存在が、ドラマを生んできたとみられる。

 翻って今夏の参院選。前回から徳島県は高知県と同じ選挙区となり、立候補を予定している与野党2人はいずれも高知が地元。「合区解消」が急がれるのは言うまでもないが、なかなか見通しは立っていない。かつてのような盛り上がりは、もう見られないのだろうか。(卓)