平成から令和に改まり1カ月余。天皇の代替わりに伴う多くの儀式が、つつがなく行われている。

 皇位継承に伴う儀式は今後も続くが、中でも重要なのが11月の「大嘗祭」である。その際、供物として欠かせないのが麻織物「麁服(あらたえ)」だ。

 古くから阿波忌部の民が作り、宮中に納めてきた。現在、美馬市などの市民が準備に追われているが、過疎高齢化もあって苦労は絶えない。

 代替わり儀式との関わりは、大切にしたい本県の歴史の一つである。準備に携わる人たちを応援したい。

 大嘗祭は、天皇の即位後に初めて行われる新嘗祭のことで、国事行為でなく、皇位継承に伴う皇室行事として位置付けられる。新穀とともに麁服と三河(愛知)の絹織物「繪服」を祭り、五穀豊穣を祈る。

 麁服は古来、氏族「阿波忌部」が手掛けた大麻の織物。皇居東御苑に新しく建てられる大嘗宮の中心となる悠紀殿と主基殿のそれぞれの神座に、神がひょう依する「より代」として、2反ずつ供えられる。

 麻糸をとるための大麻の栽培が今、特別の許可を得て、美馬市木屋平の住民でつくるNPO法人「あらたえ」によって進められている。

 4月9日に、種をまく「播種式」を実施。麻薬の材料ともなることから管理は厳重で、畑を柵で囲い、防犯カメラや赤外線センサーを設置した。「葉っぱ一枚も畑の外に出さない」を合言葉に、監視人を付け、収穫期の7月中旬まで24時間体制で見守る。

 9月には大麻から麻糸を紡ぎ、それを吉野川市山川町の住民団体・阿波忌部麁服調進協議会が織り上げる。10月中旬には完成の予定だ。

 麁服調進は古代以来の風習だが、戦国の混乱などによって大嘗祭自体が行われなかった時期があったほか、室町時代から近代にかけては途絶えていた。

 1915年の大正天皇の大嘗祭に当たり、阿波忌部の子孫と伝わる三木家をはじめ住民らが願い出て、577年ぶりに復活させた経緯がある。古文書などを頼りに、古式にのっとって再現したという。

 大正、昭和、平成と続いてきたものの、天皇の代替わりは数十年に1度。その間に麁服調進を体験した人は少なくなり、ただでさえ受け継いでいくことは難しい。

 加えて過疎化と少子高齢化が深刻化してきた。実際の作業を担うマンパワーの不足にも直面している。「あらたえ」のメンバーも大半が60歳以上だ。

 資金確保も難しい。政教分離の観点から自治体に頼ることができず、運営資金は全て地元の負担。個人や各種団体からの寄付金で賄っている。

 次の機会も麁服の調進を可能とするには、どんな課題をクリアする必要があるのか。郷土の文化資産を絶やさないための方策を、この機会に考えたい。