理系出身の社長は、海陽町出身の故近藤耕三氏以来、5代ぶり。1月、社長就任を内々に伝えられると迷うことなく気持ちを固めた。「技術系の人は自分が知らないことを恥ずかしいと思ってしまう。私も『知りません』で済ますことができない性分。そこは良さであり、しんどいところ」と笑う。電力の未来について、納得するまで向き合う覚悟が言葉ににじむ。

 火力発電などの技術、研究部門をはじめ、電気の品質を監視する系統運用部門、経営戦略や新事業開拓を担う企画部門と幅広く経験を積んできた。その中で印象に残るのが、1992年から携わった本店・中央給電指令所のシステム交換作業。管内の電気の量と流れをコントロールする拠点で、一つのミスが重大なトラブルにつながる大事な仕事だった。「メーカーを含め多くの人と膝詰めで意見を交わしながらやりきった。私の仕事の原点」と語る。

 変化を恐れず、多様な意見に耳を傾け、素早く決断するのが信条。「リーダーが旗を振って引っ張る時代ではない。皆の知恵をいかに集められるかが大事だ」。そして、トップが早い段階で議論に加わることで、より良い仕事ができると信じる。

 2016年4月の電力小売り自由化、20年4月に迫る発送電分離と電力業界は変化の渦中にある。「これまでの発想を超えた大胆な変革を行う。攻めの姿勢を強めることで新しい展開が生まれる」と力を込めた。

 高松市出身だが、生まれは徳島市。「生まれてすぐ高松に引っ越したので当時の記憶はないが、社会人になって家族で遊びに行った県南の自然は印象に残っている」。息子2人は独立し高松市内で妻と2人暮らし。62歳。