写真を拡大 地域に人を呼び込む取り組みについて話す参加者=徳島大常三島キャンパス

 地域での起業や担い手の育成を支援する「まちしごとファクトリー」(徳島大、徳島新聞社、県信用保証協会主催)のキックオフセミナーが、徳島大常三島キャンパスで開かれた。油津商店街(宮崎県日南市)の活性化を進める「油津応援団」代表取締役の黒田泰裕さんが講演したほか、徳島県内で地方振興に携わる4人を交えたトークセッションがあった。当日の模様を紹介する。

<トークセッション>若者支援 地域活性の鍵

 
 油津応援団代表取締役 黒田 泰裕さん

 認定NPO法人グリーンバレー事務局長 竹内 和啓さん

 オウライ(株)代表取締役 西崎 健人さん

 食育&料理教室cotocoto代表 元木 美咲さん

 

<進行>徳島大学人と地域共創センターコーディネーター 松本 卓也さん

 松本 皆さんの活動と、「まちしごと」に関わるきっかけは。

 竹内 両親の介護が必要になり、地元の徳島へ戻ってきた。グリーンバレー理事の大南信也さんと会って夢を語っていると、神山なら面白い事業ができると思い、事務局長になった。町の文化や、興味深い取り組みをしている雰囲気に引き寄せられた。

 元木 フリーランスの管理栄養士として活動を始めた。料理教室を開いて乳幼児の食の大切さを広めながら、他業種の仲間と徳島を活性化する取り組みをしたいと思っている。育児を機に、徳島の課題を解決するために何かしたいと思った。

 西崎 地域型のビジネスで起業を考えていたところ、三好市池田町に縁があって移住した。人やものの往来促進をテーマに事業をしている。昨年は訪日外国人向けの簡易宿所と飲食店の複合施設を開業した。物販や人材育成にも携わっている。

 松本 ファーストキャリアを終えた30代や、介護などで転機を迎えた50代は、移住を考える人が少なくない。日南ではどのように人を呼び込んでいるのか。

 黒田 日南はサーファーの移住が目立つ。仕事よりも子どもを第一に考える若い夫婦が多く、子育て支援センターや保育園に案内して環境の良さをアピールしている。次に多いのは20代。仕事をしながら油津応援団を手伝い、スキルアップして創業する人もいる。若い時に自分の売りを探し、可能性を広げていく時代だと感じる。

 松本 地域に若い人を受け入れる寛容性があるのだろう。続いて黒田さんへの質問を。

 元木 徳島の商店街も空き店舗が目立つ。駐車場にお金がかかるため、買い物客は郊外の大型ショッピングセンターに偏りがちだ。日南市はどうか。

 黒田 油津商店街周辺に駐車場はあるが、田舎でお金を払って車を止めるのはハードルが高い。昔の商店街のように大勢でにぎわうというイメージは現実的でない。面白いスポットがいくつもあり、そこに人が集まるというのが理想だと思う。

 竹内 油津では1店舗目のカフェの黒字化を図りながら、次の施設への投資をしていた。どのように流れに乗せていったのか。

 黒田 1店舗だけにしてはいけない。カフェに続いて2、3舗店目ができて流れがよくなった。街づくりも人を育てるのも、独りぼっちにしてはだめ。地域につながりがある大人が、若者を支援する仕組みがいいと思う。

 竹内 神山も同じ。新しい店ができると、地元のおじさんたちが定期的に通っている。盛り上げようという雰囲気がある。

 西崎 県外からプレーヤー(仲間)を呼び込む方法は。

 黒田 屋台村をつくった時は、人づてに地元に帰ってきそうな若者がいると聞くと、出店の交渉に出向いた。「俺らの夢を一緒に担いでくれ」と。人生を変えた責任があるから、今は息子みたいな感覚で経営の相談を受けながらやっている。

 松本 黒田さんのように責任を持って応援してくれる大人が増えると、地域の元気につながるだろう。

 

 くろだ・やすひろ 日南商工会議所(宮崎県)の元事務局長。在職時に数々の活性化事業を手掛ける。2014年、油津の中心市街活性化のため仲間3人と油津応援団を設立し16年に代表取締役に就任した。中小企業診断士。宮崎県出身。66歳。 

 

 たけうち・かずひろ 外資系大手でシステムエンジニアとして働き、2000年にネットベンチャーを起業して通販や通信教育などを展開する。経営やITのコンサルタントとしても活動し、16年にグリーンバレーの事務局長に就任した。阿波市出身。52歳。 

 

 にしざき・たけひと 2014年、三好市に移住して飲食店や宿泊施設を経営する。15年に「まちしごとファクトリー」の立ち上げに参画。17年に同市にオウライを設立し、地域間交流をテーマにイベントなどを展開する。栃木県出身。35歳。 

 

 もとき・みさき 管理栄養士として保育園などで約9年間勤務した。2018年、「cotocoto」を立ち上げ、県内外で離乳食や幼児食などを取り上げた料理教室や勉強会を開いている。徳島市出身。33歳。 

「みんなでやる」が基本 黒田さん講演要旨

 油津応援団の拠点・油津商店街のある宮崎県日南市はプロ野球広島カープのキャンプ地として知られる。他の地方と同様に人口減少が迫り、5年前の商店街は、暗くて「猫も通らない」と言われていた。そこで、私たちがどんな取り組みをしてきたのか話したい。

 日南市は、10年前に中心市街地活性化基本計画を打ち出した。さまざまな事業の中で注目されたのは、委託料が月90万円の「テナントミックスサポートマネジャー」の全国公募だ。役割は4年間で商店街に20店舗を誘致すること。300人以上の応募者から、福岡県のコンサルタントの男性が選ばれた。

 彼は移住して仕事に励んだが、1年たっても店は増えない。どうにかしようと、5年前に油津応援団を立ち上げた。持続的なにぎわいの創出を掲げ、彼と地元実業家と私で30万円ずつ出資した。

 最初に手掛けたのは、カフェ「アブラツコーヒー」。商店街がにぎわっていた昭和50年代に流行した喫茶店をリノベーションした。油津のまちづくりは「みんなでやる」のが基本。市民100人の協力を得て完成した。カフェの隣には、油津応援団が支援して豆腐料理店もオープンした。

 2軒できても、まだ人通りは少ない。商店街内のスーパーの跡地を活用し、交流施設と屋台村の開設に着手した。全国からデザイン案を募り、費用総額は1億5千万円に膨らんだが、国の補助金と借り入れで賄った。この施設の完成を機に、人が集まってきた。

 屋台村は日南出身の若者が出店した。交流施設は、パーティーやショーなど利用者が自由に使える。こういった人と人をつなぐ「たまり場」が街には必要だと思う。自宅でも会社でもない居場所を何カ所つくれるかに、その街の力が表れる。

 日南市はIT企業の誘致も始めた。マーケティング専門官を置き、12社が商店街に進出した。ふるさとに帰ろうと考えている若者の受け入れ先となり、多くの日南出身者が働いている。

 この結果、4年間で29店舗が開業した。さらに新しい店が生まれ、さまざまな市民活動も始まった。無人の書店、地元小学生によるアイドルグループ、中学生が提案した商店街を傘で彩る催しなど。若者のチャレンジに対して応援する大人がいるというのが油津商店街の特徴だ。

 油津商店街は、かつての繁栄を取り戻そうとしているのではない。人口減少と向き合い、より多くの人が活躍できる街に変わりつつある。才能ある若者が創業する環境をつくり、それを見守り、支えて育てていこうとしている。

 カフェから始まった油津応援団の事業は、交流施設、屋台村、コンテナショップ、ゲストハウスの運営まで広がった。株主は40人以上になった。私たちのミッションは、交流人口を増やして地域を活性化すること。覚悟を決めれば奇跡は起こると信じている。