ねじの専門商社「サンワ・アイ」(大阪府東大阪市)に勤めて半世紀が過ぎた。製造・販売を通じて、町工場から大企業までものづくりの現場を支えている。「ねじは形、大きさ、材質、強度などによって約100万種類もあり、奥が深い」

 駆け出しの頃、仕事帰りに鉄工の街・大阪市九条に通った。ねじの知識を深めるには、職人の手で生み出される工程を見る必要があると考えたためだ。「九条の鉄工所には恩師がいる。機械をいじりながら加工法を教わり、楽しかった」と懐かしむ。

 業界では知識に裏打ちされた提案力が武器になる。「軽くて丈夫なねじが欲しい」と顧客に求められると、的確に提案できるかどうかが商談の成否を決める。「信頼を得られれば、取引が続く」と力説する。

 高校卒業前に都市銀行の内定を得たものの、入行前の身体検査で心臓疾患が見つかり辞退した。途方に暮れていた時、当時専務だった熊田常磐会長が「うちに来い」と誘ってくれた。経理や英会話の学校にも通わせてもらえ、今でも恩義を感じている。

 10年前に4代目社長に就いた。会長に倣い社員を大切にする経営者であろうと心に留める。人手不足が深刻化し、従業員を確保するのが難しくなる中、「ブラック企業であってはならない」と誓う。

 両親が体調を崩したため1981年から15年間、吉野川市の実家で暮らした思い出が忘れられない。四国の取引先開拓を担当。大阪の本社と行ったり来たりしながら、休日は少年サッカーのコーチを務めた。「ルールや指導法をよく勉強したなあ」と笑顔を見せた。

 にし・ゆきお 吉野川市(旧美郷村)生まれ。川島高卒業後、サンワ・アイに就職。1997年に常務、2009年に社長。大阪市在住。67歳。