「辺野古」県民投票の会代表の元山さん

 2月の県民投票で7割が反対の意思を示しながら、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事が進んでいる。このほど徳島市で講演した「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎代表(27)=宜野湾市出身、一橋大大学院生=は、民意が尊重されない現状を批判。「沖縄の意思をどうしたら実現できるのか、ぜひ考えてほしい」と述べ、徳島県民など本土の人たちに呼び掛けた。

 「徳島市を含め、住民投票があった多くの場合、しっかり民意は反映されている。沖縄で工事が進む状況は本当に不思議で理解できない」。講演会の冒頭、元山さんはこう強調した。

 徳島市の場合とは、2000年に実施された吉野川第十堰(ぜき)の可動堰化の賛否を問う住民投票を指す。9割が反対し、その後、計画は白紙になった。講演会を企画したのは、この住民投票を進めたメンバーらでつくる「沖縄県民投票を勝手に応援する会(OKOK)」だ。

 元山さんが県民投票を目指すきっかけとなったのが、徳島大助教授時代に第十堰の住民投票を支援した武田真一郎・成蹊大教授(行政法)だった。

 進学した国際基督教大(ICU)で、地方自治の授業を受け持っていた武田教授と出会う。2年前に、ICU近くの店で食事をする機会があり、普天間飛行場の移設問題について武田教授が「県民投票をやるしかないんじゃないの」と提案。元山さんが「やります」と応じ、実施に向けて動き出したという。

 県民投票の会はメンバー約50人。埋め立てへの反対や賛成を主張するのではなく、県民の意思表示の場を実現することを目的に活動した。会のキャッチコピーは「話そう、基地のこと。決めよう、沖縄の未来。」。

 沖縄では、身近に基地関係者も多い。「県民投票に行く?」という問い掛けから「辺野古や基地の話ができると期待した」。辺野古の基地は耐用年数が200年とも言われ、「反対でも賛成でも、それぐらい先を見て一票を入れてほしかった」とコピーに込めた思いを語る。

 基地問題の本質については「あることによって被害や影響を受けるにも関わらず、その決定に関われないこと」と捉える。県民投票は、「決定の場への参加」だった。「職場や家庭でも、自分の意見を聞いてほしい、反映させてほしいと思うのではないか」。一方で、「どこまで、どうやって意思を反映させるのか、最終的に誰が決定するかは難しい問題」とも語った。

 もどかしい思いは、本土の人たちに対しても抱く。

 沖縄タイムスが3月に実施した、沖縄を除く46都道府県の知事へのアンケート結果によると、「投票結果を日米両政府は尊重すべきか」との問いに、「尊重すべきだ」と回答したのは、岩手、静岡のみ。飯泉嘉門徳島県知事を含む37都道府県の知事はアンケートの全ての問いに「その他・無回答」で返した。

 「こうした回答から『沖縄のことは無視してもいいよね』という本音が見える。悔しい結果」と話す。

 辺野古を埋め立てる土砂は全国各地から運ばれてくる状況を示し、「そのうちの一つは香川県。そういう意味でも沖縄だけの問題ではない」。徳島県民にも問題意識の共有を訴えた。

 東京都の国立市議会や三鷹市議会などは、辺野古新基地建設の中止や県民投票の結果の尊重を求める意見書を可決している。「国で議論を広げるための一つの方法。住む自治体で意見書採択のための陳情、請願を検討してほしい」と言う。

 講演後、元山さんのツイッターが更新され、夕暮れ時の吉野川第十堰の写真とともに、こうつづられていた。

 「吉野川第十を観に来た。270年前、江戸中期に造られた堰。徳島の人たちが住民投票を経て守った風景が観れたことは感慨深い。辺野古・大浦湾をこんな気持ちで観ることができたらどんなに嬉しいことか」。

 もとやま・じんしろう 1991年、沖縄県宜野湾市生まれ。安全保障関連法に反対するSEALDs RYUKYU(シールズ琉球)の設立に関わった後、「辺野古」県民投票の会を結成。宜野湾市など5市が県民投票不参加を表明した際にはハンガーストライキで抗議した。

 【普天間飛行場の辺野古移設をめぐる沖縄県民投票】
「辺野古」県民投票の会が署名を集め、条例制定を直接請求した。2月24日に投開票され、投票率52・5%、反対は72・2%に上った。政府は「普天間の危険性除去などのためには辺野古移設が唯一の解決策」との立場で工事を続けている。