刺しゅうを教えるホルバートさん(左から2番目)=藍住町の藍屋敷おくむら

 真っ青な生地に白い花柄のプリントが入ったスカート。そんなハンガリーの民族衣装を見たことがあるだろうか。18世紀、 東インド諸島からヨーロッパに大量のインド藍とコットン生地が輸入されるようになり、中央ヨーロッパで広がった藍染だ。

 

 凹凸のある木版に防染剤を塗り、藍で染める。白く残った部分が、柄を生み出す。いわば、中央ヨーロッパに伝わる「型染め」。この藍染の技法は2018年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界無形文化遺産に登録された。

 ハンガリーと日本。「藍」という共通項で両国をつなぐのが、吉原ホルバート・ハンガさん(44)=徳島市。ハンガリー出身の藍染作家だ。

 

 6月、藍住町徳命の藍屋敷おくむらでは、ホルバートさんの刺しゅう講座が開かれていた。阿波藍で丁寧に染めた糸で、受講生たちが一針一針、刺しゅうを施す。ホルバートさんから刺しゅうを3年間、習っているという女性の手元では、青い糸が鮮やかな花柄を生んでいた。ハンガリーに伝わる模様だそうだ。

 「人に教えるのは大好き。喜びが何倍にもなるでしょう」。ホルバートさんは朗らかに言う。


 母国の芸術大学でニット(編み物)を専攻し、草木染めも学んだ。文部科学省の奨学生として08年、藍を学ぶために四国大に留学した。 子どもの頃から絵を描くこと、そして自然が好きだった。日本の藍文化との出合いは、大学入学前に滞在していた英国。藍の布に木綿の糸で模様を入れる「刺し子」を本で見て、青と白だけが生み出す素朴な表情に魅せられた。「絶対、日本に行こう」と決めた。

ホルバートさんが藍染めの糸で編んだニット

 日本の藍が好きなのは「自然から生まれる色だから」。ハンガリーでは型染めの技法こそ残っているものの、合成染料を使うのが一般的。古くはウォードという植物を使った藍染があったが産業としては途絶えた。インド藍で染める場合も、化学薬品が使われる。日本の伝統的な藍建ての過程では、化学薬品は一切使われない。「土にタデアイの種をまいてできる染料がまた、土に戻せる。このサイクルがとてもいいですね」

 日本の藍染についてハンガリーの大学で発表したり、ハンガリーの藍染を日本で紹介したりしてきた。留学中に出会って結婚した夫は、県立農林水産総合技術支援センターで藍の研究をする吉原均さん(49)。6歳になる息子にはミハイ・青衣(あおい)と名付けた。

 来日する前、文科省が奨学生を決める面接で、「ハンガリーと日本のアートの懸け橋になりたい」と言った。あれから11年。ホルバートさんの手からは、両国の伝統に根付いた作品が、今日も生まれている。