「表現の自由」が脅かされる深刻な事態である。

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会が、企画展「表現の不自由展・その後」を中止にした。

 元従軍慰安婦を象徴した「平和の少女像」などの展示に対して、抗議が殺到したことなどを理由としている。中には「ガソリン携行缶を持って行く」と、京都アニメーション放火殺人事件を連想させるファクスもあった。

 残念なのは、脅しに実行委が屈したことだ。執拗に抗議すれば、気に入らない活動や言論を封殺できる。そんな風潮が広がれば、多様な表現活動が萎縮する恐れがある。

 憲法が保障する表現の自由は、民主主義を支える最も重要な基本的人権の一つだ。卑劣な威嚇にひるみ、自由に物が言いにくい窮屈な社会にしてはならない。

 企画展は、国内の美術館やイベントで近年、撤去や公開中止となった作品を集めたものだ。少女像のほか、昭和天皇とみられる人物を扱った作品などが展示されていた。

 実行委事務局によると、開幕から2日間で抗議の電話とメールが約1400件に上り、対処不能に陥ったという。実行委会長の大村秀章・愛知県知事は「安全な運営が危ぶまれる」と、中止を決断した苦しい胸の内を語った。

 テロ予告や脅迫は犯罪であり、断じて許してはならない。警察は発信元を特定し、厳重に対処すべきだ。

 事務局の対応も検証する必要がある。一定の反発を予測し人員を確保していたというが、結果的に足りなかった。

 芸術祭の芸術監督を担うジャーナリストの津田大介氏は「展示を拒否された作品を見てもらい、表現の自由について考えてもらう趣旨だった」と語っている。

 作品の受け止め方は人それぞれ違って当然であり、意見を交わすことで理解が深まる。そうした議論自体を許容しない「表現の不自由」の現状を可視化しようとした試みは、意義があったと言える。

 実行委は開催意図の丁寧な説明や市民の安全確保など、中止を決める前にやるべきことがあったのではないか。

 実行委会長代行の河村たかし名古屋市長が「日本人の心を踏みにじる」と、少女像などの撤去を求めたことも見過ごせない。菅義偉官房長官は、文化庁の補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 日本ペンクラブは「政治的圧力そのもので、憲法21条2項が禁じる『検閲』にもつながる」との声明を出した。

 大村知事も「税金を使っているから(やっていいことの)範囲が限られるというのが最近の論調だが、全く逆ではないか」と指摘した。

 感情的なバッシングがいかに横行しているか。表現の自由を守るべき公権力が「好ましくないもの」にどんな態度を取るのか。その一端が企画展の中止で明らかになったのは、皮肉と言えよう。