動画サイトで気になる映像を見つけました。チンパンジーが暴れているように見えるもので、撮影場所はとくしま動物園(徳島市)。ツイッターなどでは「凶暴」「ストレスがたまっての行動では?」と話題になっています。とくしま動物園に尋ねると「心配しなくても大丈夫。チンパンジーの世界ではごく当たり前の行動です。あおったり、心ない言葉を投げかけたりしないで優しく見守ってくださいね」と答えてくれました。とくしま動物園の人気者、チンパンジーの魅力に迫ります。

とくしま動物園次長の中西克之さん、学芸員の小川嘉弘さん、獣医師の城翠さんが取材に応えてくれました。話題になっているチンパンジーはオスのミチオ、飼育員や来園者から「ミッちゃん」と呼ばれて親しまれています。3人にミッちゃんの性格を聞くと「穏やかでシャイですよ」と声をそろえます。

とくしま動物園の(左から)中西さん、小川さん、城さん。後ろでミッちゃんがポーズ

ミチオは1981年生まれで今年37歳。チンパンジーは飼育下では60年近く生きるといわれています。1990年3月3日、当時徳島市中徳島町にあった旧市立動物園に来園し、1998年4月に現在のとくしま動物園として移転オープンする際には引っ越しも経験しています。

チンパンジーのミチオ

チンパンジーの展示室前にやってきました。とくしま動物園のチンパンジーは、ミッちゃんとメスのジラの2頭です。ミッちゃんはこちらに背を向けて静かに座っています。シャイな後ろ姿です。一方、ミッちゃんより小柄なジラは人懐っこくこちらを向いてぴょんぴょん跳びはねています。

シャイなミッちゃんの後ろ姿

くるりと振り返ったミッちゃん。最近お気に入りだという消防ホースのアスレチックに手をかけ、頭を振ってリズムを刻む動きを始めました。声を出しながら動きはだんだんと激しくなります。ホースにぶら下がって反動をつけたかと思うと、ガラスに両手両足で「ドーン!」と体当たり。展示室内を駆け巡りながらガラスを繰り返し手でたたき、最後にひときわ大きく「ドン!」とたたくと、隅っこでこちらに背を向けて何事もなかったかのように座りました。初めて間近で見ると、びっくりしてしまうかもしれません。

「ミッちゃんの暴れているような様子が話題になっています。ストレスを心配する声もありますが…」と尋ねたところ、中西さんは「チンパンジーの世界ではよくあることで、この行為をするミッちゃんが特別凶暴なわけではありませんよ」と話します。

城さんによると、ミチオが展示室のガラスをたたいたり、飼育員が出入りするドアを揺さぶって大きな音を立てたりするのは、示威行動(ディスプレイ)と呼ばれるもの。「野生のチンパンジーは群れで生活していて、その中では序列が重視されます。示威行動は、オス同士では『自分のほうが強いぞ』、メスに対しては『僕はこんなに強くてかっこいいぞ』とアピールするためのものです」

消防ホースがお気に入り。ぶら下がって反動をつけて飛んできます

小川さんは「ミッちゃんの場合は、人が見ているところでのみする行動で、誰の前でもするわけではないんですよ。飼育員にはしません。記者さんに興味があるみたいですね」と話します。

ミッちゃんは、展示室前に女性がやってくると、そうした行動をすることが多いそう。来園者を仲間だと思って、自分の強さやかっこよさをアピールしていたようです。

ミッちゃんが大きな音を立てて駆け巡り始めると、ジラも参加して一緒に音を出すことも。中西さんは「最後の大きな『ドン!』をジラに取られて、ミッちゃんが『一番いいところを取られた!』とちょっと悔しそうな顔をすることがあります」と教えてくれました。

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チンパンジーがいる動物園はたくさんあります。なぜミッちゃんの行動に注目が集まったのでしょう?

城さんは、とくしま動物園ならではの事情として

1.チンパンジー舎と来園者の距離が近いこと

2.ミッちゃんとジラの2頭しかおらず、2頭ともたくさんのチンパンジーと接した経験が少ないので、興味が人間(来園者)に向きやすいこと

を理由に挙げます。「もっとたくさんのチンパンジーがいるところでは、チンパンジー同士のコミュニケーションが中心。来園者と展示室が離れていると、そうした行動をしていても来園者が気づきにくいのではないでしょうか」

ミッちゃんの暴れているように見える行動(ディスプレイ)についての解説も展示室前にあります

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小川さんは「猛獣というとライオンやトラを思い浮かべがちですが、実はチンパンジーも猛獣なんですよ」と話します。

ライオンは陸上を走って獲物に向かうので、動きがある程度予想できる。でも、チンパンジーは平面の動きに加え、縦方向にも身軽に移動できるし、握力も人間とは比べものにならないくらい強い。道具を使うことや作戦を立てることができる高い知能もある、危険な動物なのだそうです。

「でもその高い知能で、飼育員の指示を理解することができます。ミッちゃんはチンパンジーの中では、コミュニケーションの取りやすい、穏やかな性格です」

チンパンジー舎前にあるミッちゃんとジラのプロフィール。性格やチャームポイントがわかります

大きな音を出して暴れているように見えても、ミッちゃんにとってはコミュニケーション。とくしま動物園では、あおったり、からかうような態度や言葉を投げかけたりするのはやめて優しく見守ってほしいと呼び掛けています。人間とチンパンジーは違う動物であることへの理解を深めてほしい、とも。

「知能が高いチンパンジーを、自分たち人間と同じように考えて、人間とは違う行動をすることを『ストレスでは?』と心配していただいているのかもしれません。人間なら女性の気を引きたい、ライバルに勝ちたいからって大きな音でびっくりさせることはしませんが、チンパンジーの世界では普通のことです。私たちと似ている部分もあるし、違う部分もある。動物園で動物たちと触れ合うことで、それぞれの動物の特性や人間との違いを考えるきっかけにしてもらいたいです」。

GAIN(大型類人猿情報ネットワーク)に登録されているミッちゃんの情報

GAINは、日本に暮らすチンパンジーやゴリラなどの大型類人猿に関する情報を収集・データベース化して公開し、学術研究と大型類人猿の福祉に役立てる事業です。ミッちゃんをはじめ、チンパンジーやゴリラ、オランウータンなどがどこの施設にいるか、経歴や家系を知ることができます。

GAINの登録情報によると、ミッちゃんは1981年にアフリカで生まれたとみられ、シエラレオネから1983年5月に日本の三和化学研究所に輸入されています。85年に千葉県血清研究所へ、87年には三島市楽寿園に移動し、90年に徳島市立動物園に来ました。

GAIN代表である京都大学高等研究院の松沢哲郎特別教授に聞きました。

◆なぜ最初に研究所に?

「1970年代~80年代初頭、日本は肝炎研究のためにアフリカからチンパンジーを輸入していました。未知の肝炎(現在ではC型肝炎と判明)の解明と治療のためにチンパンジーが使われたのです」

◆ミッちゃんのディスプレイについて

「映像を見ましたが、野生チンパンジーのおとなの男性なら普通にする力の誇示です。もちろん仲間のチンパンジーにするものですが、ガラス越しに来園者に対してするのも正常。ただ、来園者が過度に挑発するのはよくない。静かに観察してください」

【取材中に撮影したミッちゃんのディスプレイの様子】

とくしま動物園はことし開園20周年

とくしま動物園のチンパンジー舎が一部リニューアルし、エサをもらう様子を来園者が見やすくなりました。ミッちゃんとジラが道具を使ってエサをゲットする様子が見られるお食事タイムを計画中とのことです。