「第2回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞」は、前回に比べて全体にレベルアップしたと感じた。喜ばしいことである。徳島文学協会の佐々木義登会長(四国大学教授)、徳島新聞社の岡本光雄編集局長の3人で長時間選考に当たったので、立体的な審査ができた。

 大賞の「阿波しらさぎ文学賞」受賞作の「踊る阿呆」は、何度読んでも笑えた。少なくない情報と登場人物が整然と整理されて、笑いへと一直線に収斂していく。大したものである。しかも自分とは何なのかという哲学的問いが、徳島とは何なのかという問いを否応なく誘発する仕掛けだ。「僕」とは「徳島」なのだ。これほど真摯に自分のこととして徳島を描いた作品があったろうか。徹底した突き抜け感が見事である。

 しかしまた、こんなバカバカしい作品が受賞作であっていいのかという意見も出た。もちろん良いのだ。この阿呆っぷりこそ、徳島の底力そのものではないですか。この作品によって「阿波しらさぎ文学賞」の自由度が一層増したことを、ことの外喜びたい。

 「徳島新聞賞」の「胸をつらぬく」は感傷に流されようとするその一歩手前で踏みとどまった作品。その結果ラストまで一直線に鉄の棒が貫き、人の世を超えた裂け目のようなものが現れたのではないか。オノマトペが漫画チックという意見もあったが、私はかえって胸を突かれた。機械化という時代への批評性も含め、地元の書き手が徳島の深部に深々と筆を突き刺したところに本気を感じた。

 「徳島文学協会賞」の「いらっしゃいマンション」は、最初、東日本大震災を念頭に読み、やや生温い印象を受けた。しかしこれこそが、来るべき東南海地震に対して今まさに徳島県民が感じている漠然とした不安を言い当てた作品であるという指摘に、大いに納得させられた。確かに徳島の中央部はのっぺりとだだっ広く、巨大津波は不気味な脅威であるに違いない。その不安を、架空の病気を設定することで描き切った手腕は見事である。

 他に印象に残った作品を幾つか。

 「かちどき橋の女」と「ダサい国」。両作品とも今時の若者の「何もなさ」を鋭く描いていて心に残った。無駄のなさでは前者が完成されていたが、若干徳島を舞台にする必然性に欠けていた。後者は緩さに味がある一方で、それが作品全体を弱めた感があった。「スダチザル」は、自我など存在せず人は入れ替え可能なことを、無理なく小説に仕立てて説得力を持たせた点が評価に値したが、なぜスダチなのかいま一つピンとこなかった。

 他にも、「泥で建てた家」「お弓」「とおりのながめ」「空虚の眼の中で」「祖谷の空にその名を叫びに」「怒濤の海」「落果」などが、一定の水準に達していて印象に残った。

 今回の大賞受賞作は前回受賞作とは異なり、分かりやすく笑える作品となった。共通しているのはただ一点、「徹底」にある。ジャンルを問わず、徹底した作品は例外なく面白い。

 よしむら・まんいち 1961年松山市生まれ。2001年「クチュクチュバーン」で文学界新人賞、03年「ハリガネムシ」で芥川賞、16年「臣女」で島清恋愛文学賞。高校・支援学校の教師を経て、13年から専業作家。父親が小松島市出身。18年から阿波しらさぎ文学賞最終選考委員長。大阪府貝塚市在住。58歳。