もはや小手先の対応では収拾できまい。

 香港政府トップの林鄭月娥行政長官が、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回を表明した。

 6月以降、改正案に反対する大規模デモが頻発し、香港国際空港の占拠にまで発展した。警察は催涙弾やゴム弾を使って取り締まりを強化し、千人以上を拘束している。ここまで混迷が深まれば、改正案撤回は遅きに失したと言わざるを得ない。

 強硬一辺倒の中国が譲歩を認めたのは、建国70年となる10月1日の国慶節を平穏に乗り切るとともに、米中貿易摩擦が激化する中、香港問題で揺さぶりをかける米国の圧力をかわすためとみられる。譲歩には、中国政府の都合が色濃くにじむ。

 しかも、改正案の撤回は、デモ隊が掲げる「五大要求」の一つにすぎない。既に改正案は廃案と決まっており、最もハードルの低い要求だ。

 警察の「暴力」を調べる独立調査委員会の設置や普通選挙の実現、逮捕されたデモ参加者の釈放などについてはほぼ「ゼロ回答」だった。

 これで学生や民主派が納得するはずがない。「遅すぎるし(譲歩が)少なすぎる」と反発し、抗議を継続すると表明したのも当然だ。

 3カ月にわたる混乱の根底には、1997年に香港が英国から返還された際、中国が約束した「一国二制度」と「高度な自治」がなし崩しにされているとの市民の強い危機感がある。

 行政長官や立法会(議会)の選挙は親中派に有利な仕組みになっている。普通選挙の実施も凍結されたままだ。

 香港の民主化は一向に進まず、政治、経済両面で、強権的な習近平指導部が干渉を強めている。そうしたことへの不満や不信が若者らをデモに駆り立てていることを、中国、香港両政府は分かっていながら力で押さえつけようとしている。

 デモが収まらなければ、中国は再び強硬姿勢に傾く恐れがある。香港と隣接する広東省深圳に武装警察部隊を駐留させ、デモ制圧訓練を公開するなど武力介入をちらつかせている。戒厳令に近いとされる「緊急状況規則条例」の適用を検討すべきだと主張する親中派議員もいる。

 流血を招くような事態は、絶対に避けなければならない。デモ隊も一般市民の支持が得られない過激な行動は慎むべきだ。

 林鄭氏はテレビ演説で、「争いを対話に換えよう」と呼び掛け、政府と市民の対話の枠組みづくりを提起した。

 対話の道を開きたいのなら、香港政府がまず歩み寄らなければならない。デモを「暴徒」呼ばわりしたり警察の力でねじ伏せたりするやり方も改める必要がある。

 事態を収束させるには、中国、香港両政府が香港の民主化の道筋を示し、それを実行に移す以外に方策はない。