姿を目にするたび、久しく聞かなくなった言葉が浮かんだ。ダンディズム|。サングラスにハンチング帽といった風貌からか。いや違う。一挙一動に、そこはかとなくにじみだす生きざまに、感じさせるものがあった。阿波踊りの名手・四宮生重郎さんが亡くなった

 国境のない地図を手に旅する人だった。あくまで正調を基本に、あらゆるジャンルの音楽とリズムに身を委ね、表現してみせる、唯一無二の柔軟性。マイケル・ジャクソンの絶叫との競演に至っては、もはや合っているのか、いないのか

 そんなことなど、どうでもいい。見る者に、そう思わせるだけの説得力があった。踊りというものを、突き詰められるだけ突き詰めて、その奥底をさらった時、手にするひとかけら。四宮さんにとって、それは「楽しさ」だったのだろう。踊りへの愛は、観客をも幸せな気持ちにさせた

 気ままで、自由奔放に見えても、実際は精進の人である。「人間、いくつになっても日々勉強ですわ」。行き着く先は自分にも分からない。それでも前へ進む

 どんな偶然か、会社の引き出しに残っていた年賀状を手元に今、この原稿を書いている。練達の書で、こうしたためられていた。「純朴 生きる 男道」

 その言葉通り、自分に真っ正直に生きた人。91年の生涯を、そう締めくくっていいはずだ。