昨年を上回る426編の掌編小説の応募があった「第2回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞」(徳島文学協会、徳島新聞社主催)。徳島の可能性と魅力が詰まった独創的な受賞作がそろった。8日の授賞式の後、新聞放送会館で行われた記念行事の文学トークでは、阿波しらさぎ文学賞に輝いた佐川恭一さん、徳島新聞賞の桐本千春さん、徳島文学協会賞の宮月中さんと、最終選考委員長を務めた芥川賞作家の吉村萬壱さん、芥川賞作家の玄月さん、直木賞作家の角田光代さんが、受賞作について意見を出し合った。司会は徳島文学協会の佐々木義登会長(四国大教授)が務めた。

ー文学トーク参加者ー

 <受賞者>
 阿波しらさぎ文学賞「踊る阿呆」
  佐川 恭一さん(34)大阪府枚方市
  
 徳島新聞賞「胸をつらぬく」
  桐本 千春さん(55)徳島市中島田町
  
 徳島文学協会賞「いらっしゃいマンション」
  宮月 中さん(25)徳島市南前川町
  
 <最終選考委員長>
  吉村 萬壱さん(芥川賞作家)
 <ゲスト>
  玄月さん(芥川賞作家)
  角田 光代さん(直木賞作家)
 <司会>
  佐々木 義登さん(徳島文学協会長)

 【受賞作品紹介】

 ■「踊る阿呆」佐川恭一

 ■「胸をつらぬく」 桐本千春

 ■「いらっしゃいマンション」宮月 中

~文学トーク~

阿波しらさぎ文学賞「踊る阿呆」

 <あらすじ> 
 若者のサークルで、人気者になるためにハイブリッド阿波踊りを考案した主人公は、彼女いない歴と年齢が重なっている、もてない男子だ。やがて、同じく彼女がいない滋賀出身の仲間とダンス対決することになる。徳島全土の威信を背負って闘う主人公。2人の間にライバル心を超えた友情が芽生え始める。

写真を拡大 佐川恭一さん

 佐々木 何を考えてこんな面白い作品を書いたのですか。

 佐川 阿波踊りをテーマにすることは早い段階から決めていた。情報を探していた際、たまたまテレビ番組の「ブラタモリ」で、阿波踊りも昔と今では違い、進化していると知ったことがきっかけ。そうだ、阿波踊りを現代風にアレンジしたものを、私の出身地の江州音頭を進化させた踊りと対決させたら面白いって思った。

 佐々木 吉村さんは、この作品を非常に推していた。最初からこれが大賞だという感触があった?

 吉村 はい。笑える話は他にもあった。でも、ただの受け狙いではない。表現一つ一つに労力がかかっていて、作者のバックボーンをさらりと見せている。語り方がかなりいい。何回読んでも笑える。「このような内容の話を、なんでここまで真剣に書いているの?」と思わせるのが作者の狙いだと思う。作中の彼女が欲しい連中は、実は徳島そのもの。経済力や知名度が、本当はのどから手が出るほど欲しい。最後はそれを言っちゃう。

 角田 確かに面白く読んだ。でも、何のサークルか分からなかった。それはマイナスにはなっていないが、疑問に思った。それから、実は私は阿波踊りや江州音頭の動きを知らない。どんな動きをしているか見えてこなかった。

 佐川 何のサークルかはわざと隠して、それぞれが自分の体験を当てはめてほしいと思って書いた。ダンスのビジュアル的な部分は確かにイメージしておらず、文字だけで表現した。

写真を拡大 吉村萬壱さん

 宮月 大学のサークルで、みんなで自分たちのサークルに置き換えて読んだ。すごくリアリティーがあって「これってあいつのことだよな」と笑い合った。毎行、中笑いがあって、何回も読み返したくなった。

 桐本 明るくて楽しくて、読後感がさわやかだった。誰のことも傷付けていない内容で、佐川さんの人柄の良さが感じられた。

 佐々木 「こんな笑える青春小説を書いてくれてうれしい」「ハイブリッド阿波踊りをぜひ見てみたい」「映画化してほしい」など、佐川さんの作品のセンスは、インターネット上でも話題になっている。

 玄月 面白いが、作家の森見登美彦さんを意識しているように少し感じた。模倣は大事だが、比較されるのは弱点。強烈なオリジナリティーが出せれば、もっと良かったかな。

 

徳島新聞賞「胸をつらぬく」

<あらすじ> 
 園瀬川の河川敷で、死者の魂を送る焼き場守が主人公。40年間、その仕事をしてきたが、間もなく新しい火葬施設ができるため、お払い箱となる。身ごもった女の死体から生まれ落ちた赤ちゃんは、焼き場守の息子として育てられた。新施設で働くことが決まっている。最後に父の神聖な仕事に立ち会いたいという。

写真を拡大 桐本千春さん

 佐々木 死を見届ける作品だ。

 吉村 主人公は、焼いた死体が起き上がってくるのを鉄の棒で突く仕事をしている。最終選考会では、クライマックスの場面が、水木しげるの漫画みたいだとの意見もあった。でも、僕は(死体の骨がきしむ)「ぎしぎし」や(カラスが鳴き叫ぶ)「キアアアーッ!」など、オノマトペが効いていて良かったと思う。生を超えた死の世界を、一瞬開いたような感じを受けた。作品全体の雰囲気も最後まで統一されていた。

 角田 私も作品の雰囲気が一貫していてうまいなと思った。最初、死体をあさる芥川龍之介の小説のように、老人は悪い人かと思った。ざらざらした暗いイメージだったが、読み進めていくと、だんだん優しくなっていく。この仕事が嫌なもの、怖いものではなくなっていくところが、うまくできている。

 佐々木 内容が重く、心に迫ってくる。

 玄月 世界観がぶれることなく描かれていた。ただ老人の独り語りじゃなく、三人称で書いた方が迫力が出たんじゃないかな。

 角田 私も三人称の方がいいかなと。

写真を拡大 玄月さん

 吉村 私は一人称でも感情に流されず、ぎりぎりのところで踏みとどまったと思うが。

 佐川 情景描写が丁寧で、場面が浮かび上がってくる。私と全然タイプが違う。大人の文学と感じた。

 宮月 動作の一つ一つが静かな言葉のようだった。最後の場面だけ動いているように見える。死体が倒れた時の余韻など、書いてあること以上の状況を感じさせた。見習いたい。

 桐本 大昔に、そんな仕事をする人がいたらしい。それ以外は、全て想像で書いた。実は三人称で書いていたが、応募直前に独り語りに直した。どうしてなのかよく分からない。いつの間にか書き上がっていて、途中のプロセスはよく覚えていない。何かに突き動かされるように書いたような気がする。

 佐々木 この作品もインターネットで話題になっている。「人間の死に向き合う描写が秀逸」「送られていく魂の美しさが印象的」など好評だった。

徳島文学協会賞「いらっしゃいマンション」

<あらすじ>
 高いところに登らないと病気になってしまう「高いところ症」がまん延する地域が舞台。子どもの高いところ症を眉山に登って治した私(母)は、自らの感染を自宅マンションの8階にある「いらっしゃいマンション」で治す。発症場所は津波の浸水予想地点と一致していた。

写真を拡大 宮月中さん

 佐々木 タイトルはふざけた感じだが、読むと「なるほど」と思わされる。

 吉村 最初は「3・11」を念頭に読んだ。津波の恐ろしさや迫真性に迫り切れていないと思った。しかし、最終選考会で南海トラフ巨大地震の不安が根底にあると指摘されてから評価が変わった。徳島市は津波が来たら、水没する割合が高い。高い建物もあまりなく、いつ来るか分からない地震や津波の恐怖に住民は脅えている。切羽詰まったものではなく、漠とした不安を抱えている。それを架空の世界の中で、非常にリアルなものとしてうまく捉えた優れた作品だ。

 玄月 地震とリンクしているとは思わなかった。

 吉村 不安は本当は目に見えない。それを風邪の症状としてビジュアル化したのがよい。

 角田 最初、高いところ症がよく分からなくて、人間の優越感を描こうとしているのかと思った。私は2011年から東日本大震災の被災地に通っている。現地ではあちこちに、ここまで水が来たという表示がある。徳島はそんな不安な場所なんだと分かり、非常に印象的だった。ノアの箱船でなく、暮らしを選ぶという書き方もいい。自分たちはここで暮らすんだという意志がある。感動した。

写真を拡大 角田光代さん

 佐川 この作品は好きで、面白く読んだ。腑に落ちる結論だ。最後になるほどと思った。

 桐本 独特な世界観に包まれている小説だ。宮月さんは、物語の中で誰にでもなれる人だと思った。昨年の受賞作は子どもの目線。今年は主婦の目線で書いている。すごい。

 宮月 書いたきっかけは、散歩していて堤防よりも低い場所に家が建つのを見たこと。津波が来る場所にどうして住むのだろうって。それでも、この土地に住むしかないし、住もうという人がいることに目を向けてくれればと。

 吉村 宮月さんの作品を読んだ時、昨年の受賞作「お見送りの川」と同じ作者だとは思わなかった。全く違う書き方ができる力がある。ただ、語りの個性がないとも言えるので、もう少し癖があってもいい。

 

写真を拡大 受賞作について意見を出し合った文学トーク。大勢のファンが聞き入った=徳島市の新聞放送会館

~会場でアドバイス~

写真を拡大 小説の書き方について質問する高校生

佐々木 小説を書く人にアドバイスを。

 角田 受賞作を読んで、皆さん、すごく独創的だと思った。似たり寄ったりにならず、独自のものを書いている。これからも今まで読んだことがないような作品を書いたらいいと思う。「踊る阿呆」は15枚という枚数がぴったり。「胸をつらぬく」「いらっしゃいマンション」は、30枚でも50枚でも膨らませる作品だ。

 佐々木 阿波しらさぎ文学賞の可能性を。

 吉村 人はそれぞれ違う角度から世界を見ている。人によって見えるものも違う。どんな小さなことでもいい。自分にしか見えないものを、それぞれの視点で、それぞれの言葉で書いてほしい。そうすれば、なぜ小説を書くか分かる瞬間がある。15枚で小説を書き上げることは素晴らしい経験だと思う。

写真を拡大 文学トークの後、サイン会も開かれ、大勢のファンが詰め掛けた

 佐々木 会場から質問をどうぞ。

 女子高校生 私は学生の目線でしか小説を書けない。経験からしか書いたことがない。他の人の目線で書くにはどうしたらいいか。

 角田 私は34歳の時まで、それ以上の年齢の人が書けなかった。書けるようになったのは、年齢が違うくらいで、たぶん、根本はそんなに変わらないだろうと思えたから。でも、今、学生なら、無理して書かない方がいい。今、書けることを自分の言葉で書いたらいい。でも、ありのままの自分を書いたら駄目で、自分と同じ年齢の誰かの目線で書いたらいいと思う。客体化できるから。

 吉村 僕は高校生の時に戻れたら、高校生の自分を書く。今は高校時代の自分の感覚がないから。覚えているが、思い出すのは何十年もたってから。高校生の時は、自分が人生の最先端にいる。最先端で何を見て何を感じていたかは、その時でしか分からない。だから、今の目線で書いたらいい。