それさえなければ、大勢の人が古里を追われることも、命を落とすこともなかった。あれほどの事故なのに誰も責任を問われない。業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力旧経営陣への無罪判決に、釈然としない人も多かろう

 「生活が壊され、子どもにはいろいろと我慢をさせてきた。責任は東電だけでなく、国にもある。無罪は許せない」。福島第1原発事故後、徳島県内に家族4人で移住した福島出身の女性は憤る

 避難者らが各地で起こした損害賠償訴訟では、国と東電の責任を認める判決が続いている。すなわち、「東電は巨大津波を予見しており、事故は防げた」(前橋地裁)といった判断だ。今回とは真逆である

 この落差はどうしてか。旧経営陣が立ったのは、国や東電とは違って刑事裁判の法廷だ。問われたのは個人の責任で、より厳密な立証が求められた。責任追及に、高いハードルがあったのも事実である

 しかし、結果として誰も責任を取らずに済む。今後も、これでいいのだろうか。安全対策を怠った企業に、刑事罰を科すことも検討すべきではないか

 判決は「事故が絶対に起きないレベルの安全性が求められたわけではない」とも指摘した。それはかつての話である。原発事業者は、引き続き極めて高度な注意義務を負っている。無罪は免罪符にはならない。