きょう秋分の日。「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」国民の祝日である。<秋彼岸地上の者に香煙る>秋沢猛。暑さ寒さも、ここが区切りの彼岸も中日

 墓参りの道すがら、野に山に、目に付くのが赤い花、曼珠沙華である。その姿形、その燃え上がるような色合いは、セピア色に向かう季節にあらがうかのように、しっかり風景を彩っている

 ヒガンバナ。方言辞典を引けば、無数の異称が出てくる。死人花、幽霊花、捨子花、狐花・・・。全国各地、決まっておどろおどろしい名で呼ばれているのは、どうしたわけか。墓地によく咲いている花だから、あるいは毒を含んでいるからか

 そうではないだろうと、刈田の脇にすっくと立つ一群を見ながら考える。妖しいまでの美しさに、古人はきっと、この世ならないものを感じたのだ。<西国の畦曼珠沙華曼珠沙華>森澄雄

 ものの本によれば、彼岸とは川の向こう岸。この世とあの世の境界に咲くには、応分の妖艶さを備えていなければならない。先だった人の面影を追う。その傍らにたたずむのは、この花をおいてないだろう

 高浜虚子の弟子、野見山朱鳥がこんな句を残している。<曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて>。役目に耐えかねるように、やがて姿を消していく赤い花。盛りが過ぎれば、野も山もいよいよ秋は静かに深く。