自殺予防の相談電話「いのちの希望(旧いのちの電話)」がスタートして40年の節目に、徳島県自殺予防協会の理事長に就いた。「受話器の向こうからSOSを送ってくる人の命綱になりたい」

 相手の話にじっくりと耳を傾ける。そう心掛けるようになったのは、高校教師になって4年目の27歳の頃だ。当時は生徒に授業を聞いてもらえず、学級は崩壊。教職を辞めるべきか悩んでいた。

 そんな折、知人から息子の受験指導を頼まれ、熱心に教えた。しかし意欲が感じられない。理由を問うと「同級生からいじめを受けている」と告白され、はっとした。

 「相手の気持ちを理解せず、子どもを問い詰めて支配しようとしていた」。クラスの生徒と良い関係を築けなかったのも、自分の責任だ。そう思い直し、積極的に話し掛けた。すると、生徒が次々と相談に来るようになった。「悩みを抱える生徒との距離をもっと縮めたい」と、1981年に協会に入った。

 50歳の頃、うつ病を乗り越えた。精神科医にすがると、診察時間外でも親切に対応してくれた。相談に乗ってもらえるありがたさを知った。「聞いてくれる人がいるだけで安心できる。相談電話でも、一人ではないというメッセージを伝えたい」

 人にぬくもりを与えられていると感じる時や、木々に囲まれている時に幸せを感じる。2011年に国府支援学校(徳島市)の校長で定年退職。阿南市羽ノ浦町中庄で妻、長男家族と7人暮らし。68歳。