世界的にも珍しい「鳴門の渦潮」

 徳島県鳴門市と兵庫県淡路島の間にある鳴門海峡では、世界的にもまれな自然現象「鳴門の渦潮」を観賞することができる。世界遺産登録も目指している、徳島が誇る名勝だ。

 県内で放送されているローカルニュース番組「徳島新聞ニュース」でも、大きな渦潮がグルグルと巻いている映像がオープニングに使用されており、徳島県民にはなじみが深い。しかし、その渦潮が左右どちらに巻いてるかを思い出せる人はあまりいないのではないだろうか。

 そこで、鳴門の渦潮について教えてもらうため、船に乗って迫力ある渦潮を間近で楽しめる「うずしおクルーズ」で人気の鳴門観光汽船に話を聞きに行った。

鳴門観光汽船のうずしお観潮船乗り場

渦潮の発生について聞いてみた

 そもそも渦潮はどうやって発生するのかー。そのメカニズムについて、鳴門観光汽船の若山勇輝さんは「鳴門海峡は中央部が深く、本流と呼ばれる潮流が抵抗なく速く流れています。その両岸は浅瀬になっていて流れが緩やかなので、本流の速い流れと両岸の緩やかな流れの境目付近で、本流の速い流れに巻き込まれるような形で渦潮は発生します」と説明してくれた。

 個人的に「たまに漫画やアニメで、てくてく歩いているキャラクターが、すごく速く走ってきた別のキャラクターに追い越されたときにくるくると回る感じ」とイメージした。

 潮が流れるのは、鳴門海峡が特殊な地形になっており、潮の干満によって海峡を挟んだ北側と南側に水位差が生じるからだという。約6時間ごとに、満潮と干潮の状態が入れ替わり、潮位の高い方から低い方へ潮が流れ、北へ流れる「北流」と南へ流れる「南流」が発生する。

 ここから話はいよいよ本題に。「緩やかな流れの境目付近に渦潮ができるということは、鳴門海峡の両岸付近に右巻きと左巻きの渦潮がそれぞれ発生するのだろう」と思い質問してみたところ、「鳴門の渦潮は、南流時は鳴門側に、北流時には淡路島側にのみ多く発生します。つまり、右巻きの渦潮がほとんどです」という驚きの答えが返ってきた。「左巻きの渦潮は?」と聞いてみると「左巻きはあまりないですね。左巻きの渦潮はできにくいと聞いているので」と教えてくれた。

写真を拡大 南流時、鳴門側に多発する
 
写真を拡大 北流時、淡路島側に多発する
 

 つまり、私たちが普段見ているのは多く発生する右巻きの渦潮で、左巻きはほぼ発生しない珍しい渦潮だということがわかった。

 兵庫・徳島「鳴門の渦潮」世界遺産登録推進協議会・山根さんに聞いてみた

 「なぜ左巻きの渦潮が発生しにくいのか」を学術的な視点から教えてもらうため、兵庫・徳島「鳴門の渦潮」世界遺産登録推進協議会の山根隆二朗さんに電話で話を聞いてみると「独特な地形によってそのような現象が起きる」と丁寧に説明してくれた。

 両側から突き出た岬が特徴的な鳴門海峡。海中の地形を見てみると、中央部分がへこみ、浅瀬にかけて盛り上がるV字のようになっている。その浅瀬に潮流がひっかかることが、広範囲にわたり大量の渦潮が発生する一因になっている。

写真を拡大 鳴門海峡の断面図

 南流時は、浅瀬に潮流がうまくかかるため鳴門側と淡路側の両方に渦は発生するが、鳴門側の方がより鮮明で形がわかるような渦潮ができるのだという。反対に北流時は、鳴門側で起こるはずの左巻きの渦潮が、潮流が地形にうまく引っかからないため発生せず、淡路島側にのみ起こるという。

写真を拡大 南流時は、鳴門側で起こる右巻きの渦潮がより鮮明に発生する
 
写真を拡大 北流時は、鳴門側で起こるはずの左巻きの渦潮が発生せず
 

 また、その時にできる淡路島側の渦潮は、大きくてダイナミックな渦潮が起こるのだという。「30年間渦潮の写真を撮り続けている写真家の方に聞きましたが、北流の渦潮を『男渦』、南流を『女渦』と言っていたみたいです」。名前の由来は分からなかったが、荒々しくダイナミックな「男渦」、繊細できれいな「女渦」といったイメージだろうか。昔の人も、肌で渦潮の違いを感じ取っていたのかも知れない。

 余談だが、江戸末期の浮世絵師・歌川広重の浮世絵の中に鳴門海峡を表現した「六十余州名所図会 阿波鳴門の風波」という、縦長の一枚物の作品がある。渦をアップにした斬新な構図が魅力の浮世絵だが、左巻きの渦潮で描かれていることから、広重が南流の時に絵を描いたのだろうと推測できる。

 また個人的に気になっていた「渦の大きさはどのように計っているのか」を質問をしたところ、中央のへこみから、淵の盛り上がっている部分「外縁」までの長さで表しているという。2年前までは、渦の白い部分で直径を判断していたが、海外と比べた場合、海水の汚れや泡立ちやすさで数字が変わってくるため、現在の計測方法にしたという。「これまでで最も大きい渦潮は直径29メートルですが、やはり北流時の計測でした」と教えてくれた。

 渦潮は鳴門海峡の珍しい地形や潮の流れが奇跡的に組み合わさって発生する現象。一刻も早く世界遺産に登録されてほしいと願う。

 うずしおクルーズに乗ってみた

 若山さんは「渦潮の見頃は、南流と北流それぞれの潮流最速時の前後1時間半までが最適です。さらに大潮(毎月陰暦の1日~3日<新月の頃>、16日~18日<満月の頃>)の日は、特に観潮にはおすすめですよ」と教えてくれた。取材が終わり、ちょうど北流の最速時が近づいていたので、実際の鳴門の渦潮を見るためにうずしおクルーズを楽しむことに。

 鳴門観光汽船には、うずしおクルーズを楽しむ2種類の船が用意されている。ひとつは大型観潮船の「わんだーなると」。1階席と1等船室がある2階席に分かれており、2階席の展望デッキからはゆったりと渦潮を楽しむことができる。若山さんいわく、2階席は高さがあるため渦をしっかりと眺めることができ、1階席は渦潮からの距離が近いため、迫力ある渦を楽しめるという。

写真を拡大 大型観潮船の「わんだーなると」
 
写真を拡大 「アクアエディ」の水中展望室。SF作品に出てきそうな、近未来的な内観だ
 

 小型水中観潮船の「アクアエディ」は、海中の渦の様子を間近で見ることができる水面下1メートルに設置された水中展望室がある。水の中から見る渦潮は、通常の渦潮とは全く違うらしく「未知の感動があります」と教えてくれた。

写真を拡大 うねりがあったものの、小さな渦が次々と発生していた

 記者は渦潮の様子をしっかり撮影したいと思っていたので「わんだーなると」に乗船した。この日は海にうねりが発生するなど、渦が少しできにくい環境だった。しかし、大きな渦こそ見られなかったものの、小さい渦が次々と発生する様子が見られて満足だった。また船に揺られて、鳴門大橋の下をクルーズするだけでも十分に楽しかった。

 新たな謎が!?

 取材を終えて会社に戻り、鳴門市出身の先輩記者に結果を報告していると「子どもの頃から見慣れている鳴門市の市章は渦潮をモチーフにしているけど、鳴門側では発生しないはずの左巻きになっていたような…」とポツリ。渦潮の謎がようやく解明されたと思ったのもつかの間、また新たな謎の渦にのみ込まれる記者であった。