そごう徳島店が2020年8月末で閉店することが発表された。驚きとともに、さまざまな思いが頭をよぎった人も多いだろう。ある女性は20年前を思い出していた。中学生だった次女を突然亡くし、ぼうぜんとする中、ぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれたのが、そごう徳島店のファミリーレストランだった。

 次女との別れは突然だった。所属していた陸上部の練習中、走り終えた後に倒れた。意識がなく救急車で病院に搬送。学校から連絡を受けた際は「何が何だか分からなかった」。朝、いつもと変わらず家を出た。生まれてから病院に行ったのは、歯科医院ぐらいという健康な体だった。

 意識は戻らないまま、約2週間後に息を引き取った。「突然死のような感じです」と言う。AED(自動体外式除細動器)は各校に普及していなかった時代。心臓マッサージの知識も技術も浸透していなかった。

 次女が亡くなった後、女性は毎週土曜日の昼になると、5歳と2歳の息子を連れて、そごう徳島店の9階にあるファミリーレストランに向かった。「無意識でしたが、今にして思えば、寂しさを紛らわすためだったんでしょうね」と振り返る。

2020年8月末で閉店することが決まったそごう徳島店=徳島市

 かつて土曜日の昼食は、学校帰りの次女を待って食べていた。そんな光景が強く印象に残っていたのだろう。「娘がいない食卓というのがつらかったのかもしれません。本当に、無意識なんですよね」。なぜ、そごうだったのか。「よく家族で行っていたし、帰りに買い物もできる。ファミリーレストランだったら何でもメニューがあったからでしょうね」。

 「無意識」「なんとなく」という言葉がよく出る。「その場が楽しければいいという感じでした」。何か強い目的があったわけではない。次女のいない食卓で昼食を取ることができず、自然と足が向かった。

 毎週土曜日の「そごう通い」は、1年近く続いたという。どれくらい通ったのか、なぜ通わなくなったのかは、覚えていない。「そごうに行っていなければ、家でふさぎ込んでいたでしょうね」。その時間、その場所で過ごすことが、心のよりどころになっていた。

 今年8月末、ファミリーレストランが閉店したのを知り、久しぶりに9階のレストラン街を訪れた。「本当になくなったんかなと自分の目で確かめたかった。実際に行って、やっぱりなくなってしもたんやと思った。なくなるのを知っていたら、もう一度だけ行ってみたかった」

 そごう徳島店が閉店されるニュースに接し、改めて次女が亡くなった後の「そごう通い」を思い出したという。そして、「残念な思いはもちろんありますが、お世話になった感謝への気持ちや、買い物に行かなかった私たち県民のせいでもあり申し訳ないなという気持ちがこみ上げてきます」と話した。

 次女が亡くなって20年になる。命日には毎年欠かさず、当時の校長先生が供養に訪れる。供え物の袋は決まって「そごう」だという。校長先生も高齢になっており、「いつも、わざわざそごうまで買いに行ってるんだと思っていました」。やはり百貨店という重みが、他店とは違うのだろう。

 開業以来、多くの人とかかわり、いろんな思い出を人々の胸に刻んできた「そごう徳島店」。残念ながら、閉店までのカウントダウンが始まった。(卓)