自民、公明両党が連立政権を組んでから20年となった。

 自公連立が、政治の安定に一定の役割を果たしたのは事実だろう。だが、その安定が「安倍1強」を生み、強引な政権や国会の運営につながってはいないか。両党は、長年にわたって築いてきた関係を検証すべき時である。

 連立誕生のきっかけは、1998年参院選での自民惨敗だ。参院で過半数を失った自民は、政権を安定させるため、まず旧自由党、次いで公明を与党に迎え入れた。その後、旧自由が離脱するなどし、2003年から自公両党の連立体制が確立した。自公の協力関係は国政だけでなく、徳島など地方政治にも及んでいる。

 この体制を維持できた要因はどこにあるのか。

 自民が政策面で公明の意向を、ある程度くんできたことが挙げられる。集団的自衛権行使を限定的にしたことや、消費税に軽減税率を導入したのはその例である。公明は「国民ニーズに応える政策の実現」(山口那津男代表)を連立の意義として強調する。

 自民が公明の顔を立てる最大の理由は、選挙協力を得るためだろう。

 衆参大半の選挙区に候補を擁立する自民にとって、公明の支持母体である創価学会の集票力は魅力だ。公明票がなければ、落選する可能性の高い自民候補も少なくない。

 公明は比例代表への投票を自民に求め、選挙区と「バーター」する関係が出来上がっている。当初、自民内には「選挙区は自民、比例は公明」と呼び掛けることに異論が多かったが、今は当たり前の光景となった。

 だが、近年は公明の得票に陰りが見える。

 7月の参院選の比例票は、連立以降で最低の約654万票だった。前回16年から約104万票減り、目標の700万票を大きく割り込んだ。

 原因として、低投票率や、創価学会員の高齢化による運動量低下が指摘されているが、「安倍1強」の陰に隠れ、存在感が薄いことも無関係ではないはずだ。

 公明は、世論を二分するような政策や法案を巡って、当初は慎重であっても、最後は自民の強行突破に足並みをそろえる印象が強い。踏まれても自民から離れない「げたの雪」になぞらえられることさえある。政策判断より、連立の維持を優先してきた結果と言えまいか。

 平和主義や大衆福祉を立党の原点とする公明に国民が期待するのは、政権の独善や行き過ぎに歯止めをかける「ブレーキ役」だ。

 今後の連立を占う試金石となるのが憲法改正である。

 自民は、9条への自衛隊明記など改憲案4項目をまとめている。現行憲法の基本を維持し、必要な規定を加える「加憲」の立場の公明は、自民案に距離を置く。

 どこに着地点を見いだすのか。「平和の党」としての公明の真価が問われる。