いづれの御時にか、ともったいぶることはない。昭和天皇の御代である。どの学校にも催眠術にたけた先生がいた。小欄、とりわけかかりやすい方で、古典の時間などは大変。だから、これから書くのは数少ない記憶の一つ

 いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり|。こう続く『源氏物語』は、無論、個人的な感想としてはということではあるが、受験生に比較的フレンドリーな『徒然草』や『方丈記』とは一線を画し、難解だった

 物語全54帖のうちの「若紫」。病気の治療で訪れた山中で、源氏は美しい少女を見つける。くだんの催眠術師は、こんな説明をした。「なぜ引かれたのか。それは、限りなう心を尽くしきこゆる人、つまり自分の母親に似た藤壺の宮にそっくりだったからです」

 源氏は、この10歳の少女・紫の上を理想の女性に育てようなどと、現代の感覚からすると、とんでもないことを思いつくのだけれど

 「若紫」の新たな写本が約80年ぶりに確認された、と冷泉家時雨亭文庫が発表した。助詞の使い方などに異なる点があったという。授業中、細い目をきつく閉じ、夢見るように王朝文学の世界を説いたあの先生なら、さぞ喜んだろう

 同じ白髪頭になった今、遠い日を思う。<手につみていつしかも見む紫の根に通ひける野辺の若草>源氏。