大きく枝を張るカゴノキの大木。街道の目印であり、根元には大きな板碑がある=つるぎ町半田蔭名

 自動車が普及していなかった時代。人々の主な移動手段は徒歩で、荷物の輸送でも牛や馬の入れない山間部では人の力に頼るほかなかった。

 山地が面積の7割以上を占める徳島県では、山間部に入ると昔の街道跡が残っている。道中には道のりを示す丁石や、目印となる大木が数多くある。

 つるぎ町半田蔭名にあるカゴノキを訪ねた。樹高10メートル、幹周り3・6メートル、枝を四方に伸ばし、樹齢は推定300年の堂々とした木だ。幹の樹皮がぽろぽろと剝げ、鹿の子模様に見えるのが樹名の由来といわれる。

 近くに馬頭観音のお堂があり、木の根元から経文を刻んだ青石の板碑が立つ。木の前を通る道は古くから半田と祖谷地方を結ぶ街道で、六地蔵峠を経て落合峠を越え、東祖谷落合に至った。その途中にある目印だ。

 自動車が通れる道ができるまで、この街道を「中持さん」と呼ばれる荷運びの人たちが行き来していた。しょうゆや衣類など生活物資を山の集落へ運び、山の産物を平地に下ろした。体験者の話によると、荷物の重さは45キロにもなったという。

 青々と茂るカゴノキを仰ぎ見た。急峻な山道を越えてきた中持さんたちも、一息つきながらこの木を見たのだろうと遠い昔に思いをはせた。