学校が津波や濁流に襲われる危険に遭遇した時、子どもたちをどこに、どうやって避難させるか。それが事前に決められ、周知・徹底されていれば、児童74人の命は失われなかった。確定判決はそう結論付けている。

 東日本大震災で犠牲となった宮城県石巻市立大川小の児童の遺族が起こした訴訟は、最高裁が市や県の上告を退け、遺族勝訴が確定した。

 教育行政や学校現場には、児童の生命を守るための危機意識と具体的な取り組みが、一層求められる。判決はその道筋を示した。第一のキーワードが「事前防災」だ。平常時における危機管理マニュアルの整備である。

 大川小には市教委の指示で作成されたマニュアルがあったが、避難場所は「近隣の空き地、公園など」と書かれていた。避難経路や方法は記載がなかった。

 最高裁で確定した仙台高裁の判決(昨年4月)は、校長にはこれを改善すべき義務があったのに怠り、市教委も是正させるべきだったのに内容も確認していなかった、と厳しく指摘している。

 作成はしたものの、危機感と具体性に欠けていた。事後の点検もなく、実際に危険が迫った時、存在すら忘れ去られ、児童らは40分以上も校庭で待機を強いられた。

 仏作って魂込めず、の典型である。その甘さの理由に、大川小が津波ハザードマップの浸水予想区域から外れていたという事実がある。避難場所として指定されてもいた。

 小学校は津波の危険が叫ばれていた南三陸地方の一角だが、海岸から4キロ内陸にあった。北上川の堤防まで150メートルと近いものの、津波襲来の危険性は低いとされていた。

 実際には、大津波は川をさかのぼり、なぎ倒された木々が橋にぶつかって流れをせき止め、濁流がぐるぐると渦巻いて岸辺の集落を席巻した。

 現場を取材すると、校舎2階の天井まで水にのみ込まれ、鉄筋コンクリートの支柱が曲がっていた。すさまじい水の破壊力に言葉を失う。

 判決は、ハザードマップを「結果として誤りだった」と切り捨てている。多忙を極める学校現場に、ハザードマップを疑うだけの高度な防災知識を求めるのは酷だ、と受け止める声もある。

 しかし、学校防災を着実に前進させるしか、大川小の犠牲に報いるものは見つからない。裁判官たちの真意も、そこにあるのだろう。

 判決からは、第二のキーワードとして「事前協議」が読み取れる。学校と保護者との間で、児童をいつ、どのような方法で安全に引き渡すか事前に話し合い、周知しておく必要があったと指摘する。緊急時を想定した保護者との情報共有が問われている。

 大川小は閉校となったが、廃校舎は「震災遺構」として保存され、悲劇を訴え続ける。子や孫の命を守る道筋が準備されているか、まずは点検してほしい。