首都マニラから北へ80キロ。今月初旬、訪れたフィリピン北部のマバラカットは気温30度を超えていた。四方に入道雲が湧き立つ。軍服の彼らも同じように暑さを感じ、空を見ていただろうか。旧日本軍の神風特攻隊がここから初めて出撃し、きょうで75年になる

 戦闘機に250キロ爆弾を載せ、敵艦に体当たりする。生還を許さない、人道無視の無謀な作戦だった。若き航空兵は終戦までに約4千人が散ったとされる

 フィリピンは急成長が続く。マバラカットの飛行場跡も今や経済特区となり、ホテルやカジノ、ゴルフ場などの建設が目覚ましい。特区の一角に、特攻慰霊碑の一つが立っている。なんと、放牧牛のふんも散在する草地の中

 「日本から慰霊に来る人が途絶えれば、どうなるか」。現地在住の日本人は先行きを懸念する。同国中部のセブ島は象徴的だ。リゾート地で知られるこの島からも特攻機が飛び立った

 セブの基地跡にはIT企業や銀行が入る高層ビル、マンションが林立している。石碑もなく、特攻を伝える物は見当たらない。名残といえば滑走路に沿った直線道路くらいだ

 力の限り手を振る仲間に見送られ、若者たちは敬礼をしながら空へ―。跡地に立てば、当時の情景が目に浮かぶ。再開発で伝承が尽きてしまうのか。特攻の記憶をつなぐのは、日本の役目だろう。