寺内カツコさん

 長きにわたるリーダー経験で培った信念がある。人を大切にする思いだ。「人と誠心誠意、駆け引きなく付き合うから安心してもらえるのかな」と笑みを浮かべる。

 城北高校卒業後、20歳で機械部品などを製造する寺内製作所に嫁ぎ、夫で社長の一能さんを支え、2人の娘を育てながら経営を切り盛りした。1984年に夫が病気で亡くなり、46歳で社長に就任。最先端の加工技術の導入などを図り、会社を繊維機械部品で国内有数のメーカーに導いた。

 順風満帆ではなかった。73年の石油危機時には従業員を200人から60人へ整理せざるを得なくなった。辞める従業員に一人ずつ面接し理解を求める役割を一手に引き受けた。この経験が原点の一つとなり、今こう話す。「従業員は家族。幸せな話を聞くと本当にうれしくなる」

 78年に本社と工場を移転する際には、騒音や排水処理を懸念する地元の漁協や水利組合などに単身で何度も出向いて環境対策を説明。飲み会にも積極的に参加するなど持ち前の明るさで地域に溶け込み、今につながる人脈を築いた。「経営を通して人と人とのコミュニケーションの大切さを学んだ」と話す。

 徳島商議所では副会頭を3期9年務め、初の女性会頭に。「阿波踊りや遍路文化を積極的に発信し、街の活性化につなげたい。地元企業の魅力も発信したい」。来年8月末のそごう徳島店閉店で中心市街地の衰退が懸念される厳しい状況でトップを託され、口元を引き締める。「中小企業に寄り添う温かみのある商議所」を掲げ、健康経営や女性活躍の推進も目指す。

 趣味は50歳から始めたゴルフで、年に50回は通うと言う。四国八十八カ所霊場も車で70回巡っている。霊場の世界遺産登録へ旗を振る一人だ。徳島市で長女、次女夫婦、孫の5人で暮らす。81歳。