亥の子の祭りで子どもたちに振る舞われた麦菓子。白い輪っかがどことなくかわいらしい

五穀豊穣を祈り、お亥の子さんを行う児童=つるぎ町貞光の旧端山小猿飼分

 旧暦10月に農作物の収穫を祝う伝統行事「亥の子」。子どもたちが近所の家々を回って菓子や餅をもらう風習があり、徳島県西部では輪の形をした「亥の子菓子」が振る舞われた。今では伝統行事が廃れ、よく似た欧米発祥のハロウィーンが人気を集めているのだから不思議なものだ。昔ながらの菓子が、往時の名残をとどめている。 

 県内の土産物店や産直でよく見掛ける白い輪っか。赤や青の模様が入り、どことなくかわいらしい。口に運ぶと、固そうな見た目に反し、しっとりとした弾力がある。もともとは三好、美馬両市などで秋に催される亥の子の祭りで食べられた菓子だ。懐かしい甘さを求めるお年寄りらに根強い人気がある。

 三好市井川町の島尾菓子店では、2代目の島尾義治さん(83)が一年を通じて手作りしている。

 作業は午前7時半ごろに始まる。小麦粉に水と水あめを加えて練り、砂糖を入れた白い生地と、黒砂糖を加えた黒い生地を作る。生地を四角に延ばし、白、黒、白・・・と交互に重ねて層を作る。それを棒状に切り分け、一つずつ丸めて鉄板の上に並べる。200度のオーブンで6分ほど焼いて出来上がり。

 亥の子は旧暦10月亥の日の行事。子ども数人がグループを作り、「降臨石」と呼ばれる丸石を囲む。石には人数分の縄が結ばれている。「亥の子歌」を歌い調子を合わせながら、各自が縄を一斉に引いたり緩めたりして石を上下させ、地面をどんどんと数回打つ。降臨石の代わりに丸太を使う地域もある。

 わら束を持って近所を回り、庭先ではやしながら地面をたたく所も。

 モグラを追い出したり、土の神を励ましたりする意味があるという。家々はそのお礼として、子どもに菓子や餅などを渡した。さながら欧米のハロウィーンのようだ。

 起源は古代中国までさかのぼり、日本には平安時代に伝わったとされる。県西部で亥の子菓子が作られるようになったのは明治時代からだろうと島尾さんは言う。形の由来は不明だが「菓子が両手に持ちきれなくなると、ひもに通して首に掛けていた」と振り返る。

 一部地域で伝統を継承する動きはあるものの、祭りは昭和の前半に廃れてしまった。それでも地元の菓子店では亥の子の時季になると、そろってこの菓子を作ったという。

 島尾菓子店は1930(昭和5)年に義父の武夫さんが創業。義治さんは63年に引き継いだ。季節商品だった亥の子菓子のほか、ショウガ糖で包んだ「白輪」、かりんとうなどを「阿波の麦菓子」の名でブランド化し、土産物店などに販路を広げた。

 全国で郷土菓子が静かなブームを呼ぶ中、徳島ならではの商品として、東京の青年誌に紹介されたことも。島尾さんは「今後も昔ながらの味を残していきたい」と話している。

 島尾菓子店 営業時間は午前8時から午後6時まで。日曜定休。亥の子菓子など「阿波の麦菓子」は一部店舗を除いて一袋税込み430円。問い合わせは同店<電0883(78)2072>。