大嘗祭の祭祀具「麁服」の原料の大麻は、美馬市木屋平貢の標高約550メートルにある三木家の畑で育てた。汗を流したのは木屋平の住民で作るNPO法人あらたえ(理事長・西正二元木屋平村長)のメンバー。4月から約3カ月かけて行った栽培作業について、西理事長(77)ら役員は、異口同音に言った。
「思い出すだけで息苦しくなるのが竹の伐採」
麻畑の柵に使う竹約300本は、昨年8月25日に美馬市穴吹町の吉野川河川敷で切り出した。その頃の竹は伐採に適していて材質が締まり、虫もつきにくい。柵として設置してから長持ちすることが期待できたという。
ただ、藤本高次副理事長(66)は「穴吹の夏は暑い。昼すぎの気温は34度だった。7時間の伐採中、サウナにいるようで汗びっしょり。夕方、全身の力が抜けた」。
竹で囲む麻畑は、法律によって県が許可した人しか入れない。柵には赤外線カメラが備え付けられ、誰かが近づけばセンサーが感知して監視所のブザーが鳴る仕組みだ。
「深夜に思わぬ訪問客がいた」。ブザーで目を覚まして駆け付けると、そこにいたのは人ではなくシカやタヌキ。「雨の日、約30分おきに10回以上起こされて参った」と苦笑した人も。
高さ2メートルに伸びた大麻全てが風雨で傾いたのは6月15日だった。西理事長らはがくぜんとして「万事休すかと半ば諦めた」。すぐにありのままを写真に撮影。技術指導を受けている栃木県の栽培農家にメールを送り、束ねて立て直す対処法をライブ画像で教わった。
7月15日の抜麻式、初蒸式を終えて数日後。大麻の茎を蒸して乾かす最中、新たなアクシデントが発生した。茎の表面に黒いカビが点々と見つかった。慌てた西理事長は「一難去ってまた一難。カビは洗っても落ちない。カビがあると黄金色に光る糸にならない」
カビが生えた大麻は捨てることに決め、被害のない大麻を数えた。「まだ足りる」と確信すると、次に「カビを防ぎながらどうやって乾燥させるか」について再び栃木の農家を頼った。
彼らは麁服の調進に貢献できることを喜び、自宅の大麻の栽培量を減らしてまで時々、木屋平で現地指導をしてくれた。
授かった妙案は、殺菌の専用窯と大麻を乾燥させるジェットヒーターの利用だった。役員は「少しでも早く乾かしたい」と望み、すぐに車を走らせ、両方を調達した。
手元にジェットヒーターが来たのはいいが、懸念が持ち上がる。「火事の恐れだ。乾いた茎は熱風で燃えやすくなるという。今、大麻を失えば、麻糸の制作は絶望的だ」。地域住民にも協力してもらい、大麻全てが乾くまで1日24時間、1週間にわたって見守った。
大麻の栽培中、予期せぬ事態が続いたが、会員は知恵を絞って危機を乗り越えた。西理事長ら役員の多くは「自分らの手で作った大麻が、麁服に生まれ変わると思うだけで底力が湧いた。それは麁服に潜む力と思えた。伝統文化には、きっと人の心を捉え、動かす力があるのだろう」と語った。