漢字の「世」の、もともとの意味は「30年」。子が親から受け継ぎ、そのまた子どもに託すまでの期間をいう。漢和辞典には例文として、次のような論語の一文が、よく載っている。「もし王者あらば、必ず世にして後に仁ならん」

 <もし天命を受けて帝王になった者がいたとしても、きっと一代、三十年かかってはじめて、仁がゆきわたった世界になるだろう>『論語』斎藤孝訳、筑摩書房。理想の世の中をつくるには、本物の帝王ですら30年はかかる

 帝王なき、むしろ帝王を必要としない民主主義の現代である。それでも暴君だけはしっかり生き残っていて、混乱に拍車をかけている。東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊し、人なら一代、30年になる

 東ドイツ出身のメルケル首相は、記念式典でこう述べた。「人々を分断する壁がどれだけ高くても打ち破れる」。東ベルリンの市民がつるはしで壁を壊す映像に当時、平和への希望を感じた人も多かったはずである

 しかし現実はどうか。民族や宗教の対立があからさまになり、紛争は絶えず、過激派のテロにおびえる日々。自国第一主義や排外主義が築く新たな壁は、心の中にまで入り込むから厄介だ

 メルケル首相はこうも語った。「自由を望み、壁際で殺された人々を忘れない」。人権が再び無二の価値を持つ、次の30年に。