皇位継承に伴う重要祭祀「大嘗祭」が、今夜からあす未明にかけて営まれる。宗教色が強い儀式だが、政府は平成の代替わり同様、20億円を超える費用を国費で賄う。

 憲法の政教分離原則に抵触する疑いは拭えない。前回大嘗祭を巡る訴訟では、1995年の大阪高裁判決が「政教分離違反の疑念を否定できない」との判断を示した。

 神道形式をとる以上、他の宮中祭祀と同じ宗教行事ととらえるのが自然だ。昨年11月、秋篠宮さまは、天皇家の私的行為に用いる内廷費で賄うべきではないか、との考えを表明された。

 「皇嗣」としての立場を考えれば、皇室を代表しての異議申し立てと受け止めるべきだろう。意を決した言及だったが、政府内で再考を試みた形跡は見当たらない。

 秋篠宮さまは「身の丈にあった皇室の行事の形で行うのが本来の姿ではないか」と主張された。「本来の姿」とは何なのか、その意味を探るべきだ。

 7世紀が起源とされる大嘗祭は、明治期から国家的行事として規模が大きくなり、伝統とされるものの多くも明治以来の形式に由来する。

 16日と18日には宮殿で祝宴「大饗の儀」が開かれ、閣僚や知事ら600人以上が招待される。即位礼での「饗宴の儀」が終わったばかり。過剰感は否めない。前例踏襲ありきで、思考停止に陥ってはいないか。

 戦後、皇室祭祀は法的裏付けを失った。憲法理念から天皇の私的行為と位置付けられ、祭祀に携わる職員は天皇家の雇い人との形をとる。給与も内廷費から支払われる。

 祈りの場の宮中三殿は、皇居・吹上にある。最重要神事が11月23日の新嘗祭だ。三殿に付属する神嘉殿で行い、五穀豊穣を神に感謝し、国と国民の安寧を祈る。

 大嘗祭とは、即位した天皇が初めて執り行う新嘗祭のことだ。国費を投じる根拠について、政府は「一世一度の皇位継承儀礼」だから公的性格を有するという見解だ。

 平成の前例を踏襲すれば、必然的に巨額を必要とする。舞台となる大嘗宮は清水建設が9億5700万円で工事を落札、前回同様、皇居・東御苑に築造された。終われば跡形もなく取り壊される。

 一方、内廷費は年間3億円余りで、建設費さえ賄えない。秋篠宮さまの発言には、大嘗宮を新たに造営するのではなく、新嘗祭を行う神嘉殿で営めばよいのではないか、との含意がある。国民負担を気遣い、「極力簡素に」と願う上皇さまの意向も反映されているのだろう。

 象徴天皇制の下、皇室は憲法の理念だけでなく、国民感情の変化にも敏感だ。国際化が進み、学校や職場でも、異なる宗教や習慣への配慮が求められる時代となった。

 国民に寄り添う皇室を未来につなげるために、社会と調和した皇室儀礼の在り方を模索し続けなければならない。