だいたいが関西方面を向いている本県。利用客は近年、それほど多くなかったかもしれない。高松|宇野(岡山県玉野市)の宇高航路で最後まで踏ん張っていた四国急行フェリー(高松市)が来月16日、運航を休止するという

 状況が好転すれば再開するそうだが、雑誌の休刊と同様に、復活は難しかろう。1910年に船出した国の「宇高連絡船」に始まる、109年の航路の歴史に幕が下ろされる

 55年の紫雲丸沈没事故では、修学旅行中の小中学生ら168人が亡くなった。犠牲者には県人も含まれている。88年に瀬戸大橋が開通するまで、瀬戸内海を渡る主要な手段だった。船上で食べたうどんの味が忘れられない、という人もおられよう

 個人的には、楽しみの一つに風呂があった。いつも、ほぼ貸し切り。船内に響く機関の音はBGM。その震えが伝わり、お湯の表面がさざ波だつのも一興で、見知らぬ人とシャンプーの貸し借りも

 あれこれと思いだす。なくなるのは寂しい。それでも、橋開通前に年400万人近くいた利用者が、今や13万人程度と聞けば、これも時代の流れか。航路の休止を惜しむ当人ですら、橋を行くのである

 早くて便利、効率的。こうしたことに大きな価値を見いだす社会ではあるが、そこから抜け落ちていくもの、その中にも宝石が眠っているのだろう。