熱戦を繰り広げる多智花杯バレーボール大会=北島町の北島北公園総合体育館

 徳島県から男子バレー日本代表に選ばれた選手がいたのを知っているだろうか。恐らく、知っている人は少ないだろう。活躍したのは戦前であり、戦争で亡くなった。戦後、県内で功績をたたえる大会が始まり、昭和、平成、そして令和と、受け継がれている。

 徳島県バレーボール協会80年史によると、その選手は多智花(たちばな)正尚氏。大正8年12月4日、徳島市で生まれた。大正8年は1919年であり、生きていれば今年は100歳になる年である。

 徳島商業高校を卒業後、当時バレーボールの名門だった神戸高商(後の神戸商科大学)に進学、昭和14年に開催された日満華交歓競技大会に、日本代表に選ばれ、活躍した。しかし戦争中のため、海軍に入隊し、終戦前の昭和20年8月に、フィリピン群島のセブ島で戦死した。戦前に本県から輩出した日本に誇れる優秀な選手である、と記載されている。

 80年史では、さらにこう続く。戦後の荒廃し生気を失った社会を立て直そうと、バレーボールの愛好者が集まり、多智花正尚氏の遺徳をしのび、昭和21年10月に「故多智花正尚選手追悼排球大会」を開いた。これが起源となり、翌22年8月には「多智花杯争奪第1回県下一般男女排球大会」が生まれた。

 今年は第73回大会が12月1日、北島町の北島北公園総合体育館で開かれ、高校から一般までの男子6チーム、女子8チームが参加した。年々出場チームが減っているというものの、70年を超えて大会が続けられていることは、意義深いと思う。

 戦争体験者が少なくなり、無縁の世代が増えてきた。平和の尊さ、スポーツができるありがたさ…。そんな思いを忘れないためにも、「多智花杯バレーボール大会」が末永く続くことを願っている。(卓)